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知られざるヒバクシャ 劣化ウラン弾の実態 第3部 汚された大地 米国 <5> 負の遺産 80年重なる汚染深刻 健康調査は未着手

 首都ワシントンから北東へ約六十キロ。メリーランド州最大の都市ボルティモアの古い街並みの一角に、印刷業リチャード・オックスさん(61)が会長を務める市民グループの事務所があった。

不安募らせる住民

 「会の名前? 長いから一度では覚えられないよ」。オックスさんは、いきなり冗談を飛ばしながら「アバディーン立証グラウンド・スーパーファンド市民連合って言うんだ」と、細身の体を伸ばして棚から資料を取り出した。「ほら、ここが問題の基地だよ」

 陸軍基地のアバディーン立証グラウンド(APG)は、ボルティモアからさらに北東へ約三十キロ。チェサペカ湾に面して長さ約四十キロ、最大幅約八キロのほぼ長方形をなして広がっていた。第一次世界大戦中の一九一七年にできた、最も古い米軍施設の一つである。

 「ここには陸軍が使うあらゆる兵器の研究開発に当たる、陸軍調査研究所もある。研究、実験、演習、貯蔵…昔からの陸軍の中枢基地だ。劣化ウラン弾の試験だって、五〇年代半ばから続いている」

 が、オックスさんがAPGでの劣化ウラン弾の実射試験を知ったのは九四年。九二年に誕生した市民連合も、もっぱら重金属など化学物質による汚染に関心が向いていたという。

 「七九年までの二十五年間は、戦車や装甲車用に使う金属などを標的に実射試験を繰り返してきた。むろん、何の遮へいもなしだ」。オックスさんらは、劣化ウラン弾の性質や、湾岸戦争退役兵らの疾病について知るにつれ、一層不安を募らせた。

軍、情報開示せず

 これまでにどれだけの劣化ウランを使ったのか。市民連合の要求に対し、軍は答えを拒んだまま。が、軍のリポートなどを基にした彼の推計では、七九年まで毎月、一一六〇〇マイクロキュリー(約三十キログラム)の放射能を大気に放出。州基準の一五〇マイクロキュリー(三百八十七グラム)の約七十七倍に達すると分析する。

 「七九年以後、金属板などを使ったハードターゲット試験は屋内でやるようになった。でも、砂に撃ち込むソフトターゲット試験は屋外のままだ」とオックスさん。実射が続くソフトターゲット場には、既に七十トン以上の劣化ウランが蓄積されているという。

 APGの周辺には、ボルティモア市を含め約二百万人が住む。メリーランド州のがん罹(り)患率は、全米で毎年上位三~五位にランクされる。特に基地と接するハートフォード郡は、州内で最も高い。さらに基地の東側、風下に当たるデラウェア州のがん罹患率は ▽全米一である。

「補償を恐れてる」

 「これだけの要素がそろっていても、軍も州政府も基地周辺住民の健康調査や環境調査をやろうとしない」と、オックスさんは憤りを隠さない。「本当のことが見えてきて、住民への補償問題などに発展するのを恐れているのだよ」

 基地内の汚染程度は、連邦政府環境保護局が最汚染地域のクリーンアップに適応する「スーパーファンド」資金の認定地であることでも分かる。ラジウムなどの放射性物質を使った計器類の大量投棄、第一次、二次大戦時に製造された化学、生物兵器の廃棄、五百万個と言われるあらゆる種類の不発弾…。

 「八十年余り続いた基地活動の負の遺産がここに全部詰まっているよ」。オックスさんは、市民連合が作った基地内の汚染マップを示しながら言った。

 「これから先、どれだけの血税をつぎ込んで除染作業をしなければならないか…。なのに劣化ウラン弾の実射試験で環境汚染を重ね、住民の健康を脅かすなんて犯罪行為だよ」

 四十年間平和活動にかかわってきたオックスさん。「環境保護も大切な平和活動」という彼の取り組みは、まだまだ続く。

(2000年5月18日朝刊掲載)

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