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知られざるヒバクシャ 劣化ウラン弾の実態 第3部 汚された大地 米国 <7> 闘病家族 妻と娘 次々に発病 「爆破中止」軍を提訴

 カリフォルニア州スーザンビル町中心部の商業ビルの一室。美容院を営む姉のテミィー・パスターさん(34)と妹のマーリン・ノーベルさん(30)は、客と話しながら手際よく髪を整えていた。

つえなしで歩けず

 マーリンさんは一九九八年二月、ネバダ州リノ市の病院で脳腫瘍(しゅよう)の手術を受けたばかり。手術に伴う脳障害のため、臓器を正常に働かせるための薬が生涯手放せない。

 二人が仕事中、奥の部屋で両親のジャック・パスターさん(59)と妻のサリーさん(57)から話を聞いた。サリーさんも五年前から手の指が内側に曲がり始め、関節痛のため今ではつえなしでは歩けない。

 「病気になる前は、ローラースケートやゴルフをして、人がうらやむほど元気だったのよ」。いすに掛けた彼女は、ひざの上の硬直した手を見つめた。「いろいろと体の検査をしてもらったら、血液から重金属物質が見つかって…」

 パスター夫妻が、子ども四人とともに州都のサクラメント郊外からこの地に移ったのは八一年。ジャックさんが勤めていた電話会社の転勤によるものだった。「子どもたちは豊かな自然に囲まれ、『神の国へ来たみたいだ』って大喜びだった」

 ジャックさんは九一年に退職。宅地開発業に乗り出し、町内のあちこちにビルや住宅を建てビジネスマンとしても成功した。九三年には地元商工会議所を代表して、閉鎖のうわさが立ったラースン郡にあるシエラ陸軍武器貯蔵・廃棄所へ出かけ、存続を強く訴えた。

 「当時、千人以上が地元から働きに出ていた。経済発展と雇用確保のためとはいえ、家族や住民の健康を犠牲にして何をしていたのかと恥ずかしくなるよ」

実態聞き疑問抱く

 ジャックさんが軍施設に疑問を抱き始めたのは九五年のこと。湾岸戦争退役軍人の疾病に関する議会公聴会のテレビ中継で、軍関係者が「爆発物の有害物質は煙とともに四十マイル(六十四キロ)以上飛ぶ」と証言しているのを聞いてからである。

 武器・貯蔵廃棄所からスーザンビルまでは五十キロ足らず。しかも周りは高い山に囲まれ、すり鉢の底のようになっていた。煙はよくたなびいてきた。

 爆破処理が明白な通常兵器について自ら調べると、鉛や水銀、ベリリウムなど八種類の発がん物質を含んでいるのが分かった。その上、同じように毒性の強い重金属物質で、放射能も併せ持つ劣化ウランの廃棄…。

 ラースン郡のがん発症率は、州内平均のほぼ二倍。白血病、脳腫瘍、リンパ腺(せん)がん、乳がん…。サリーさんと同じような症状の自己免疫疾患も目立った。

医師「居住は危険」

 「スーザンビルの人口はわずか一万五千人だけど、私の担当医はこの町のがん患者をたくさん手術しているの。だから『そこに住むのは危険すぎる。早く町を出なさい』って言っていたわ」。仕事を終え、話に加わったマーリンさんが、そばから言った。

 体内から微量の金属物質が検出された独身のテミィーさんは近い将来、より安全な地に引っ越す予定だ。

 四月半ば、パースター一家から電子メールが届いた。ジャックさんを代表とする約八百人から成る「武器に反対する住民」、軍施設の風下に当たるネバダ州の「ピラミッド湖パイユート先住民」らが、四月十三日、陸軍を相手に戸外での武器破壊の中止を求める訴訟を起こしたのだ。

 「劣化ウランの影響についても、専門家の協力を得てより詳しく調べたい」とある。汚されたシエラネバダ山脈ふもとの大自然。安全で美しい自然を取り戻すラースン郡住民の闘いは、始まったばかりである。(田城明)=第3部おわり=

(2000年5月21日朝刊掲載)

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