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社説・コラム

『書評』 戦争の文化 ジョン・W・ダワー著、三浦陽一監訳 

歴史の病理あぶり出す

 「平和の文化」を世界中に広め、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くしていく―。昨年の長崎平和宣言で、田上富久市長が訴えていた。国際平和文化都市を掲げる広島でも「平和の文化」は耳慣れた言葉だろう。では、対置される「戦争の文化」は、被爆地にとって無縁のものと言えるだろうか。

 本書はそんな思考を促す一冊である。著者は、米国における日本近代史研究の第一人者。ピュリツァー賞を受けた著書「敗北を抱きしめて」でも知られるマサチューセッツ工科大(MIT)名誉教授だ。日米開戦、米国による原爆投下、米中枢同時テロ、それに続くイラク戦争という四つの歴史的な出来事を対比しながら詳細に検討し、通底する病理を、膨大な文献からあぶり出す。

 例えば、意思決定過程での自分に都合の良い思考、異論や批判の排除、過度のナショナリズム、上層部の傲慢…。ほかにも、他者への偏見や想像力の欠如、説明責任の無視、合理性を装った希望的観測、群れ行動などが挙げられている。

 著者は、単にこうした類似点を「戦争の文化」として提示しているわけではない。「何本かの糸を物語に織りこんでいる」と述べているように、四つの出来事を縦糸とし、歴史の誤用や都合の悪い過去の忘却、偽善、不遜、言葉といった人間の振る舞いを横糸として、教訓を探る。

 なぜ人類は究極の暴力である戦争や、原爆投下に代表される無差別大量殺りくを止められないのか。本書が浮かび上がらせるのは、「戦争の文化」の複雑で深刻な側面でもある。

 原著が発行されたのは2010年。訳書刊行まで10年余りが経過しているにもかかわらず、その内容は古びない。それは著者の言う病理が、現在も世界を覆い、私たちの社会にも見え隠れしているからだろう。

 「戦争の文化」は今ここにはびこってやしないか。それに敏感でいることが、「平和の文化」の礎になる。(森田裕美・論説委員)

岩波書店・上下巻各3080円

(2022年2月20日朝刊掲載)

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