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原爆調査の回想録 翻訳出版 「廃墟からの歌声」広島大名誉教授・利島さん

 米国が原爆傷害調査委員会(ABCC、現放射線影響研究所)を設置して間もない1949年に赴任した遺伝学者、故ウィリアム・シャル氏の回想録「廃墟からの歌声」を広島大名誉教授(発達神経心理学)の利島保さん(78)=東広島市=が翻訳し、出版した。初期の健康影響調査の実態や、焼け跡から復興していく広島の様子を克明に記す。

 原作は90年に米国で出版されており、シャル氏が約2年間の広島滞在を振り返る。

 特に、7万人以上を対象にした新生児調査の描写は生々しい。自治体から出生情報を漏れなく入手し、生後6、7日までに地元採用の医師や保健師を伴って各家庭で健診した様子や、帰り際にせっけんを贈ると喜ばれたことなどを記述。原爆投下国による被害調査の徹底ぶりが伝わってくる。

 一方、日本側の行政担当者との会議の「しきたり」や、沿道で無邪気に泥水で遊ぶ子どもたちの姿など、異国で見聞きした驚きをユーモアを交えて描写する。原爆被害の調査機関に勤務する日本人職員の複雑な心情も推し量る。利島さんは「遺伝学者としての任務とは別に、文化人類学的な鋭い視点で広島を観察していた」とみる。

 研究を総括した最終章でシャル氏は、被爆2世の追跡調査について「科学的知識で測定可能な効果が明らかにならないとしても、研究は必要」と継続の意義を強調。「叡智(えいち)を有効に利用し、学ぶべきことはたくさんある」と結ぶ。新曜社刊、399ページ。4730円。(桑島美帆)

(2022年2月21日朝刊掲載)

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