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連載・特集

広島世界平和ミッション 米国編 次代へ伝える 若者、刻むヒロシマの心

 広島国際文化財団が派遣する「広島世界平和ミッション」第六陣メンバーは米国滞在中、計九校で中学生から大学院生までの約九百人に原爆被害の実態や核兵器廃絶を願う「ヒロシマの心」を伝え、平和問題について語り合った。被爆者が語る「過去からの教訓」と被爆二、三世が提起する「未来への課題」。メンバーの「連携プレー」の成果は、核超大国の若者の心に深く刻まれた。一方で、核兵器開発やテロへの報復攻撃に固執する米国内にあって、平和や核廃絶を願う若者の声も強いことを知り、メンバーは希望を見いだした。九校のうち五校で開いた「平和授業」の様子を報告する。(文・岡田浩一 写真・松元潮)

平和授業

 第六陣メンバーの平和授業はおおむね次のような形式で行われた。

 米国人で広島YMCA職員のスティーブ・コラックさん(50)が、「平和と和解」の精神を伝える平和ミッションの目的とメンバーを紹介。続いて元中学の英語教諭で被爆者の松島圭次郎さん(76)が流ちょうな英語で体験を証言した。体調を崩した松島さんに代わって途中から参加した村上啓子さん(68)も英語の原稿を読み上げた。ニューヨークからは、ミッションの応援に駆けつけた在米被爆者の笹森恵子さん(73)=カリフォルニア州在住=も合流して、体験を語った。

 「ヒロシマ・ナガサキの悲劇を二度と繰り返してはいけない」。いずれも英語で直接語り掛ける被爆者の肉声に、どの学校でも若者たちは熱心に聞き入った。

 被爆者の証言後は、米ダートマス大経営大学院に留学中の会社員木村峰志さん(34)と津田塾大三年の前岡愛さん(20)が「若者世代として、核兵器廃絶や平和のためにできること」をテーマに、年齢の近い生徒、学生と意見を交わした。

ウェストタウン校

被爆証言 真剣な視線 核軍縮へ行動模索

 ペンシルベニア州フィラデルフィア市から西へ車で約一時間半のウェストタウン市。その郊外の田園地帯に、二百六年の歴史を誇る私立ウェストタウン校はある。

 れんが建ての校舎兼寮、教員住宅、グラウンド、畑、湖などが広島市民球場百個分の敷地に広がる。平和ミッションの一行はゲストハウスに泊まり二日間にわたって、平和授業や交流をした。

 同校に通うのは幼稚園児から高校生まで八百人。高校二、三年生は全寮制である。生徒たちはミッションが訪問する一週間前から、ヒロシマ・ナガサキに関する学習に集中的に取り組んだ。

 六百六十席を収容する校内の劇場ロビーには、広島市から取り寄せた原爆写真ポスターを展示。折り鶴の束が飾られていた。この劇場で訪問初日、高校生約四百人を対象に平和授業に臨んだ。

 原爆被害の実態を記録した映画を観賞し、村上啓子さんが被爆体験を語った。その後の質疑応答では終始、十人余の生徒の手が挙がっている状態が続いた。

 「原爆投下を正当化する意見について、どう思いますか」。男子生徒の質問に村上さんは「日本は当時、既に疲弊していて、敗戦は間近だった。私は原爆の実験台にされたとしか思えません」と答えた。

 女子生徒が続く。「核軍縮について高校生なりにできることはなんですか」。前岡愛さんがすかさずマイクを握った。「米国では今も核兵器開発が進んでいて、それによる住民の健康被害や環境汚染が起こっています。本や新聞を読んで、自分の国で何が起こっているかをまず学んでください」と助言した。

 翌日は二つの授業に参加した。そのうちの一つ「歴史」では、中学三年と高校一年の計五十人全員が、米国の作家ジョン・ハーシー著の「ヒロシマ」を机の上に置いていた。用意周到な事前学習にメンバーは感心しながら、ここでも相次いで質問を受けた。

 「米国の核政策についてどう思いますか」。男子生徒からの問いにスティーブ・コラックさんは「核兵器開発が加速する下り坂に差しかかっていて、とても危険な状態だ」と強調した。

 高校二、三年生を対象にした「平和と正義」というユニークな授業にも加わった。平和や環境にかかわる活動の実践方法を学ぶのが目的である。コラックさんは「核兵器開発を支持しないよう地方選出議員に手紙を書くなど、今すぐにでも始められる活動もある。平和活動をする際のリーダーシップやグループの運営方法などを、高校生活の中で身につけてください」とエールを送った。

 メンバーは滞在中、食堂で寮生と語らいながら食事した。中学生全員を集めた平和授業や教諭陣との意見交換の機会もあり、実り多い訪問となった。

高校3年 ケビン・ルースさん(17)

資料館見学 体験談に衝撃

 ウェストタウン校への訪問を実現したのは、高校三年のケビン・ルースさん(17)だった。約三カ月間にわたって、平和ミッションを招くための学校側への説得、計画作りを一手にこなした。熱意の背景には、昨年夏、広島市を訪れ、被爆者から証言を聞いた経験があった。

 「今日、これから聞くのは、日ごろは耳にしない犠牲者の歴史です」。ケビンさんは平和ミッションの発表を、級友たちにそう紹介した。

 ヒロシマとのかかわりは母子二代にわたる。母は元ラジオ記者のダイアナさん(57)。広島国際文化財団が主催した米国人記者招請計画「アキバ・プロジェクト」で一九八〇年に広島・長崎両市を訪れ、取材した。

 ダイアナさんは帰国後、被爆者の体験を描いた原爆劇を創作。地元オハイオ州で上演するなど、ヒロシマを伝える活動を続けてきた。現在は同州のオービリン大の学長補佐を務める。

 ケビンさんは昨年七月下旬から二十五日間、母と広島に滞在。原爆資料館の見学をはじめ、被爆者六人から体験を聞いた。「それまでの平和学習とは比べものにならない衝撃を受けた」と振り返る。「学校の中から一人でも多くの生徒が、広島を訪れるきっかけをつくりたい」とメンバーを招いた。

 ケビンさんは「今の米国の教科書に載っている原爆の写真は、何マイルも離れた安全な場所から撮ったきのこ雲の航空写真。一九五〇年代の教科書と同じなんです」と不満を漏らす。

 五〇年代の教科書では、原爆使用は技術の勝利であり、五十万人の米将兵を救ったと教えていた。「これは勝者の側から見た歴史観。原爆の影響による、人間への視点が奪われている」と当時の教育姿勢を非難する。

 しかし、ケビンさんの使う歴史の教科書もまた、原爆の記述はわずかだ。「天皇が降伏しようとしなかった点が強調されている」と言う。「核廃絶にはきのこ雲の下で何が起こったのかを、もっと学ぶ必要がある」と訴える。

 二日間にわたるメンバーによる平和授業を終えたケビンさんは「みんながこんなに熱心に聞いてくれるなんて、信じられない。ぼくの広島での経験を、みんなも追体験してくれた」と、成功に顔を上気させた。今夏も母と広島を再び訪問。被爆者の体験を基にした小説の執筆にチャレンジする。

アメリカン大学

原爆投下に疑問の声も

 一九九五年、首都ワシントンのスミソニアン航空宇宙博物館で計画された原爆展が、退役軍人協会などの圧力で中止に追い込まれた。これを契機に、原爆投下を正当化する声が高まったその年の七月、同博物館に替わって原爆展の開催に踏み切ったのが同じ首都にあるアメリカン大だった。

 同大核問題研究所所長でもあるピーター・クズニック准教授(56)が担当する歴史の教室で大学生、大学院生の四十五人を対象に、ミッションメンバーが被爆体験などを語った。

 「原爆投下に罪を感じないようにアメリカ人が育てられていることを、どう感じますか」。大学院生から質問が飛んだ。スティーブ・コラックさんは「被爆者はアメリカ人を責めず、将来の平和を追求している」と代弁した。

 大学院生が手を挙げた。「日本人は原爆や平和をどのようにとらえ、子どもたちに教えていますか」。木村峰志さんは「広島の学校は被爆者を招いて証言を聞いたり、平和記念公園を見学するなど熱心に取り組んでいるが、他県はあまり盛んではない」と答えた。

 毎年八月に学生数十人を引率して広島・長崎を訪れるクズニックさんは「広島を訪れる修学旅行生が減っている」と追加で説明。さらに「日本はイラクに自衛隊を派遣しているが、平和憲法に反するのでは、との論議も起こっている」と、被爆国日本の平和への姿勢が揺れている実情を紹介した。

 授業後、クズニックさんは「若者の間では、アメリカン大に限らず原爆投下を正当化する声は少ない」と指摘。昼食の食卓をともに囲むメンバーに「被爆二、三世が平和を語るのは素晴らしい。被爆者に米国へ来てもらえなくなる日は遠くない。その日に備えて、広島の若者がもっと声を上げてほしい。私も学生を広島に連れていきます」と話していた。

スチーブンソン高校

不拡散教育の拠点

 国連が普及に力を入れる「不拡散教育」。その実践に取り組むカリフォルニア州ペブルビーチの私立スチーブンソン高校を訪れた。

 全米オープン選手権が二〇〇〇年に開かれたゴルフコースもある高級リゾート地。深い森の中にホテルを思わせる立派な校舎があった。

 平和ミッションの平和授業には八十人が出席した。松島圭次郎さんは被爆体験を語った後、「核超大国の若い世代が、平和な未来への責任を握っている」と呼び掛けた。

 男子生徒の一人が「どうやってアメリカ人への憎しみを乗り越えましたか」と質問。松島さんは「終戦までは、私も憎んでいた。でも進駐してきた占領軍の若い兵士はいい人だった。原爆は憎むが、人は憎まず、将来への和解を目指す。それがヒロシマの考えです」と答えた。

 授業後、スティーブ・コラックさんをつかまえて話し込む生徒がいた。一年のディラン・アイシェンバーグ君(14)。「テロリストが放射性物質を奪い、悪用する危険が高まっている。管理と情報収集の体制づくりを急がなくては…」。少年の広い知識としっかりとした主張に、コラックさんは驚いた。

 生徒の核問題への高い関心は、不拡散教育の成果である。同校は全米の不拡散教育の拠点である、近くのモントレー国際大学院不拡散研究センターと連携している。

 同センターは、核や大量破壊兵器の不拡散に関連するテーマについて、研究方法や情報、インターネット上での教育資料の検索方法などをスチーブンソン高へ提供。それを基に、生徒は授業やサークル活動で核を悪用するテロ、ミサイル防衛、大量破壊兵器などの研究を独自に重ねる。

 毎年春、生徒の代表は同センターが米国内で開く「春期高校会議」に参加。全米と全ロシアから参加する二十数校の生徒が、互いの研究成果を発表する。

 同センターのウィリアム・ポッター所長(57)は「次代を担う若者の中から、不拡散や軍縮の専門家を育て、平和の構築を目指したい」と、不拡散教育の意義を説いた。

ニューヨーク大学

折り鶴携え広島訪問へ

 著名な芸術家や映画監督を輩出してきた私立ニューヨーク大学。マンハッタンのダウンタウンにある校舎の工房で、被爆者の証言と折り鶴づくりのワークショップを開いた。

 参加したのは芸術科の大学生、大学院生の計九人。村上啓子さんと笹森恵子さんの証言に続いて、作業台を囲んだ。スティーブ・コラックさんは学生から折り鶴の折り方を教えてもらった。

 この日の学生を含む十七人は二〇〇四年四月、ニューヨークの画廊でグループ展「ピース・バイ・ピース(作品でつくる平和展)」を開いた。昨年一月から一カ月にわたって、漫画「はだしのゲン」の英語版を読み、原爆記録映画を見てヒロシマを学んだ。その後、平和をテーマに絵画や彫刻、写真作品などを制作した。

 今年は新しい作品を作り八月十三―二十日、広島市中区の旧日本銀行広島支店でグループ展を開く。期間中、学生は市内でホームステイをしながら、原爆資料館などを見学して「原点」に触れる。折り鶴づくりは事前のヒロシマ学習の一環で、学生が広島を訪れた際、平和記念公園(中区)内の原爆の子の像にささげる。

 指導しているのは、同大の非常勤教授で芸術家の広島市東区出身の砂入博史さん(33)。きっかけは米中枢同時テロだった。「教室でアフガニスタンの空爆について意見を聞いたら、賛成とも反対とも答えなかった。考えがなかったからです」とその時を思い起こす。

 祖父母は被爆。母は当時、祖母の胎内にいた。米国の大学へ留学するまで、広島で育った。古里では平和や戦争が身近な問題だっただけに、核超大国の学生の無関心さに危機感を抱いた。

 「芸術は他者とコミュニケーションをとれる手段。もっと平和への考え方を深めたうえで、メッセージのある創作活動をしてほしい」。その願いからグループ展を授業に取り入れた。砂入さん自身も八月十七日から約一カ月間、広島市現代美術館(南区)で、平和をテーマに個展を開く。

 ワークショップを終えた大学三年のスザンナ・タイシューさん(21)は「被爆者の体験を受け止め、自分の行動につなげる責任を感じた。今日、原爆について深めた知識を、自分の彫刻に生かしたい」と意欲を燃やしていた。

ハーバード大ケネディ行政大学院

留学生の熱意が懸け橋

 ミッション第六陣の最後の活動が、マサチューセッツ州ボストン郊外にあるハーバード大ケネディ行政大学院での平和授業だった。

 その準備を請け負ってくれたのは、同大学院で行政学を学ぶ千葉県市川市出身の平野欧理絵さん(29)、広島県坂町出身の会社員児玉豊さん(39)、広島市西区で幼少期を過ごした土井秀文さん(36)の三人を中心にした邦人留学生だった。

 「ヒロシマ・スピークス―21世紀の希望」。そう書き込んだちらしを、平野さんたちは当日まで、学生用の掲示板に張り付けるなどの作業に追われた。

 児玉さんは昨年秋の倫理の授業で、トルーマン大統領が下した原爆投下の決断の是非をテーマに議論した。「日本の学校では経験しなかった議論。自分の知識不足を痛感した」と自省を込めて言った。

 同大学院は米政府や関係機関で働く人材や政治家を多く輩出することで知られる。土井さんは「米国の将来を担う学生たちが、原爆投下の問題についてもまじめに考えていることを知って驚いた」と打ち明ける。三人のこうした経験が、平和授業実現への熱意につながった。

 授業では、村上啓子さんが被爆体験を語り、木村峰志さんが原爆の被害を示すデータを基に語った。前岡愛さんは旅を振り返り、「原爆は六十年前の過去の出来事ではない。核兵器が再び使われる可能性は高まっています。ヒロシマについて家族や友人の一人でもいいから伝えてください」と涙声で訴えた。

 授業を支えてくれた邦人留学生たちは「学年を締めくくる良い経験になった」と、メンバーとともに成功を喜び合った。

(2005年6月24日朝刊掲載)

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