×

社説・コラム

天風録 『チェルノブイリとヒロシマ』

 「むごい」。焼けただれた被爆者の写真を前に首を横に振り、惨状を再現した人形に手を合わせていた。2005年夏、当時のウクライナ大統領ユーシェンコ氏が広島市の原爆資料館を訪れた▲東京での首脳会談後、わずかな合間を縫った被爆地訪問はたっての希望だった。旧ソ連のチェルノブイリ原発事故で多くの住民が被曝(ひばく)した地の大統領として、核の惨禍を知る広島には、特別な思い入れがあったという▲そのウクライナが今、なりふり構わぬ大国の砲火にさらされている。きのうロシア軍はチェルノブイリ原発と周辺を制圧した。1986年に事故を起こし、今は稼働もしていないのになぜ▲敷地内には放射性物質が貯蔵されている。ウクライナは核武装するに違いない―。そんな疑念に、核超大国の指導者がとらわれているようだ。自らは大量の核を抱えているのに。悪魔の兵器は、傲慢(ごうまん)や疑心暗鬼も広げるのだろう。ウクライナは旧ソ連時代の核兵器を放棄した国だ▲あらゆる努力をして将来あのような悲劇を阻止することが我々(われわれ)の義務―。ユーシェンコ氏が資料館で記帳していた。ヒロシマを見よ。悪魔に取りつかれた指導者に今こそ声を大にして言わなければ。

(2022年2月26日朝刊掲載)

年別アーカイブ