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社説・コラム

社説 ロシアの暴挙 冷戦時代へ歯車戻すな

 広島、長崎への2度にわたる核攻撃以来、76年余りにわたって兵器としての核は使われなかった。それは僥倖(ぎょうこう)といってもいいだろう。冷戦時代には米ソなどが絡む一触即発の危機が幾度もあった。反核運動が世界的に盛り上がった1980年代には「ノー・ユーロシマ(欧州を核の戦場にするな)」というスローガンが流布したことを顧みると今なお背筋が凍り付く。

 ウクライナ侵攻に踏み切ったロシアのプーチン大統領はおととい演説で「現在のロシアは世界最強の核大国の一つで、最先端兵器でも一定の優位性を持っている」と言い放った。軍事力を行使するに当たって、核による威嚇を否定していない。

 ロシアは2014年にウクライナ南部のクリミア半島を強制編入したが、それに先立って同国の親ロシア政権が崩壊した際には「核兵器を使う準備ができていた」と明かしたこともあった。大国の指導者としての資質を疑う。今回も被爆地の新聞として憂慮せざるを得ない。

 核兵器禁止条約の採択をけん引した非政府組織(NGO)・核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))も今回のプーチン氏の演説を直ちに非難したのはうなずける。「ユーロシマ」を現実のものにしてはなるまい。

 プーチン氏はウクライナ占領は企図していないという。ロシア系住民の多い東部2州を「クリミア化」するほか、ウクライナを縦断あるいは横断する形で軍事侵攻し、国土を分断して現政権を転覆させる「シナリオ」ではないかと識者はみる。

 しかし、もはやロシアとウクライナの問題では済まない。欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長は「標的はウクライナだけでなく、欧州の安全保障全体であり、ルールに基づく国際秩序だ」とみる。

 ウクライナが加盟していないため、北大西洋条約機構(NATO)がロシアに対して直ちに軍事行動を起こす可能性は低いだろう。とはいえNATOは19年以降、大規模な軍事演習を準備し、今回もウクライナ周辺の加盟国に軍を派遣している。米軍も欧州の駐留拠点であるドイツに増派する方針である。

 ロシアがウクライナから早期に軍を撤退させない限り、欧州に新たな紛争の火種が生まれてしまうだろう。ロシアがベラルーシに核兵器を配備する懸念も打ち消せない。冷戦時代へ歴史の歯車が逆回転する事態は断じて避けなければならない。

 中国の習近平国家主席とプーチン氏との間には「今の国際秩序は受け入れられない」という一致した理屈がある。中国はロシアの侵攻に静観の構えだが、対米関係で共闘するロシアを非難することもなさそうだ。

 きのう発表された先進7カ国(G7)の首脳声明はロシアに厳しい経済・金融制裁を科すことを明記したものの、国連安全保障理事会は機能不全に陥っている。国際社会が一致して国際法違反の主権侵害を指弾できないのは、由々しき事態だ。

 ロシアには第2次大戦でソ連がナチス・ドイツの電撃的な先制攻撃を受け、緒戦で多大な犠牲を払った苦い記憶がある。プーチン氏は「同じ過ちを繰り返してはならない」と訴えたが、詭弁(きべん)というほかない。彼の言う「自衛の戦争」は根拠が全くないことを知るべきである。

(2022年2月26日朝刊掲載)

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