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連載・特集

緑地帯 ひろしま修学旅行生との20年 中澤晶子 <4>

 修学旅行には、「伝説」がつきものだ。笑い話から涙のエピソードまで、子どもたちと「広島」との出会いを振り返るとき、数々の「伝説」がゆっくりと目を覚ます。

 「先生、網戸が道路に落っこちた!」「隣の学校のやつに、がんつけられた」「お風呂場にパンツが落ちている」。はいはい、またですか。教師たちは動じない。ほとんどの子どもたちは、遠方への集団での旅行は初めてのこと。興奮しないはずはない。ハイテンションで、だれも寝ない。教師も寝られない。みんなでお風呂に入った、大食堂でご飯を食べた。被爆者の証言を聞いた、資料館を見た。楽しいことも、そうでないことも、経験したことのない「衝撃」が子どもたちのなかで渦を巻き、旅館の一夜を駆け巡る。

 「花、買ってこい」「どうするんですか」「あのばあさんに、やるんだよ」。15歳の息子を亡くした被爆者が、涙ながらに体験を語り終えたとき、初めは耳を貸そうともせず立ち歩いていた、いわゆる「みんなが手を焼く」男子生徒が突然、隣の生徒に言った言葉。引率の教師が聞いていた。

 これらの「伝説」は、体験を語る被爆者と、それを自分なりに受けとめようとした子どもとの「奇跡の化学反応」にほかならない。

 20年前の証言者の大半はこの世を去られた。ご存命の方も、もはや語ることが難しい。20年という歳月を思う。その間、広島を訪れた、何千何万の子どもたち。「花、買ってこい」と言ったあの少年のなかで、自分が生んだ「伝説」は、いま、どのように生きているのだろうか。(児童文学作家=広島市)

(2015年7月21日朝刊掲載)

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