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連載・特集

緑地帯 ひろしま修学旅行生との20年 中澤晶子 <5>

 「指が痛くなったよ。14万人って、すごい数」。ある学校では、広島修学旅行の事前学習として、子どもたちが手分けし、印刷物から切り抜いた14万人分の「顔」を、壁一面に張る、という試みがなされている。原爆が落とされた1945年末までに亡くなった広島の死者、推定14万人。指が痛くなったのは、はさみを使いすぎたから。子どもたちは、その指の小さな痛みから、14万人は途方もない数だと思いはじめる。自分の切り抜いたひとつひとつの顔に家族も友だちもいただろう、と。

 ほかにも「はだしのゲン」や「ヒロシマナガサキ」などの映画を見たり、第五福竜丸や「原爆の図」の見学に出かけたり。さらには横浜大空襲の聞き取りや沖縄戦経験者の証言を聞くなど学習は多岐にわたる。ちなみにチェルノブイリ原発事故の学習も私の著作を通して、この20年行われてきた。

 事前学習には手間がかかる。それでなくとも学校は忙しい。「広島への修学旅行は面倒」。そんな教師の本音もあるだろう。けれども、事前学習をするとしないとでは、何かが違う。身体を動かし、クラスメートと議論する。そんな経験を重ねることで現地に立ってこそ感じられるものが必ずある。

 その上で、「いったんまっ白にしなさい。学習したことを忘れなさい。そうして、素直に、五感で感じなさい」。引率のA先生が子どもたちに言った。私は、深くうなずく。「原爆の子の像」の前で横たわり、ダイ・インをする子どもたちに広島の大地は、何を語りかけていたのだろうか。(児童文学作家=広島市)

(2015年7月22日朝刊掲載)

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