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連載・特集

緑地帯 ひろしま修学旅行生との20年 中澤晶子 <8>

 「広島への修学旅行」のクライマックスは、被爆者の証言をじかに聞くこと。自ら猛火を逃げまどい、傷つき、肉親を失った人々の声は、70年の歳月を一気に引き戻す。子どもたちは、それを全身で受け止める。けれども、被爆者の平均年齢は80歳を超えた。語ってもらえなくなる日は、必ず来る。「そのときになったら、どうしたらいいのでしょう」。教師たちは年月の壁の前に立ちすくむ。

 被爆者の証言を受け止めた子どもたちは、過去の記憶を未来へとつなぐ役目を自覚する。そして、広島は、スタートの地だと気づく。いまだ戦火が絶えない紛争地の人々にとって、よみがえった広島が希望の町だということも知るだろう。また、どんなに困難でも、「核」という歴史的な課題は、負の遺産として担い続けていくしかない、と悟るだろう。

 過大な期待をするわけではない。10人のうち1人でも、広島の「記憶」をいつかどこかで、だれかにつないでいってくれるなら。私のモットーは、「ゼロより1」。ゼロは何を掛けてもゼロだが1は無限の可能性を持つ。教師たちが「ひろしま修学旅行」の意味を見失いそうになったとき、私はおまじないのようにつぶやく。「ゼロより1!」

 まかれた種は、どこかで必ず芽吹くと信じたい。広島から横浜へ、横浜から日本のどこかへ、そして世界中に。芽吹いたみどりが大きく育ち、平和の情景とともに地球上に広がり、「永遠のみどり」となりますように。それが被爆70年の、私の祈りである。(児童文学作家=広島市)=おわり

(2015年7月25日朝刊掲載)

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