×

社説・コラム

社説 安倍氏の「核共有」発言 危機に便乗 許されない

 ウクライナ侵攻という武力による現状変更に踏み切ったロシアのプーチン大統領が、核兵器の使用までほのめかした。核戦争が現実のものとなりかねない状況の中、あろうことか、被爆国の元首相から、許しがたい発言まで飛び出した。

 自民党の安倍晋三元首相が民放番組で、米国の核兵器を自国の領土内に配備する「核共有」政策について、日本でも議論すべきだとの考えを示した。ウクライナが砲火にさらされ、多くの人が犠牲になっているさなかに、なぜこのような発言をするのだろう。危機に便乗した問題発言であり、日本が堅持する非核三原則にも反している。

 被爆の惨禍を体験した私たちは、核兵器では人類を守れないことを知っている。77年たつ今なお苦しむ被爆者がいる。被爆地から安倍氏の発言に非難の声が上がるのは当然のことだ。

 安倍氏は番組で「被爆国として、核を廃絶する目標は掲げなければならない」とも語っていた。しかし元首相の発言だけに国際社会への影響力は大きい。非核三原則の破棄もあり得るという誤ったメッセージとして受けとめられる恐れもある。

 岸田文雄首相はきのうの参院予算委員会で、安倍氏の発言について「非核三原則を堅持するわが国の立場から考えて、認められない」と述べた。それにとどまらず、安倍氏に発言撤回を求めるべきである。被爆国として、核に頼らない安全保障の議論をリードすることが必要だ。

 核共有政策は、核保有国が自前の核を持たない同盟国と核兵器を共有して核抑止力を高めようとする軍事戦略だ。北大西洋条約機構(NATO)では、ドイツやイタリア、ベルギーなど5カ国が、米国の核兵器を自国の領土内に配備し、共同運用しているとみられている。

 安倍氏は、旧ソ連の崩壊後にウクライナが核兵器を放棄する代わりに米国とロシア、英国が主権と安全保障を約束した「ブダペスト覚書」に言及。「あの時、戦術核を一部残していたらどうだったかとの議論もある」とも指摘した。ウクライナが核を持っていたら侵攻されなかったとでも言いたいのだろうか。

 安倍氏はさらに「日本もさまざまな選択肢を視野に入れて議論するべきだ」と強調した。核武装を勧めるように取れる。

 折しもウクライナの隣国ベラルーシではおととい、核兵器を持たず中立を保つという現行憲法の条項を削除する憲法改正が国民投票で承認された。ロシアの核が配備される恐れがある。

 これでは冷戦時代への逆戻りだ。しかし当時のレーガン米大統領と旧ソ連のゴルバチョフ書記長は「核戦争に勝者はいない」と核兵器削減の道を選んだ。冷戦終結にもつながった決断を忘れたのだろうか。

 核兵器が存在する限り、使用される恐れがある。偶発的な事故やテロリストの手に渡るリスクだけではない。今回のように保有国の指導者が愚かな判断を絶対しないとは断言できない。

 ひとたび核が使用されれば敵も味方もない。抑止力が機能しないことは明らかだ。それに国際社会が気付いたからこそ、核兵器禁止条約はできたはずだ。

 平和と安全のためには廃絶しかない。究極の非人道兵器による悲惨を知る被爆国政府こそ、それを世界に発信すべきだ。

(2022年3月1日朝刊掲載)

年別アーカイブ