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連載・特集

知られざるヒバクシャ 劣化ウラン弾の実態 第4部 同盟国の重荷 英国 <5> 議員日記 閣内で開発に反対 「人類への犯罪だ」

 ロンドン市街をミズスマシのように駆けるブラック・キャブで約二十分。労働党議員のトニー・ベンさん(75)は、妻をイングランド中部チェスターフィールドの実家に残し、市西部のアパートで一人暮らしをしていた。

 「広島には一九八三年の夏に行ったよ。原爆資料館の見学や被爆体験を聞くこともできて、いい勉強になった」。ベンさんは、あいさつ代わりに広島訪問の話を持ち出しながら地下の書斎へ案内してくれた。

今秋で議員歴50年

 ジャーナリストから転身して、五〇年に二十五歳で初当選。今年十一月で議員歴も半世紀を迎える。英国議会の中で、湾岸戦争に反対した数少ない一人。英米両国による劣化ウラン弾の使用問題や、さまざまな疾病に苦しむ自国の退役軍人救済のため議会で積極的に発言してきた。

 「劣化ウラン弾については二十年も前からかかわりがあるんだ。実はね…」。彼はいすから立ち上がると、部屋の隅の書棚に向かった。そこには十五歳からつけ始めたという四千万語にのぼる日記が、年ごとにまとめられ、黒い背表紙で装丁されていた。

21年前 無念の決定

 「米国政府が劣化ウラン弾の持ち込み許可を求め、わが国も独自で開発、実射試験をすべきだと提案してきた時、私はエネルギー・産業大臣だった。ほら、その時のことがここに書いてあるだろ」。ベンさんは取り出した七九年の日記から「月曜日・一月二十二日」のページを指さした。

 そこには当時閣僚だった七人の議論のもようが記されていた。新しい兵器は戦車を貫通するだけでなく、火だるまにして完全に破壊できる。ドイツ(西ドイツ)はすでに所有しているが、国民に知らせていないだけ。ソ連も米国も所有しているのだから英国も開発すべきだ。劣化ウランの危険は腕時計の針に塗った蛍光物質程度…。

 持ち込みも、独自の開発を容認する声も強いなか、ベンさんだけは頑固に反対した。「劣化ウラン弾を持つようなことがあれば、国民はわれわれが通常兵器の敷居を越えて核戦争に向かおうとしていると考えるだろう。…私は絶対に反対だ」。が、決定はなされ「私は敗北した」と無念をつづる。

 「劣化ウラン弾による破壊は、そのとき限りで終わらない。原爆や水爆のように爆発はしないが、長い間にわたって敵も味方も苦しめ、命まで奪ってしまう無差別兵器。使用は人類に対する犯罪だ」

 彼はその思いを、一部の他の労働党議員らとともに何度も政府にぶつけた。しかし、かつての保守党政権も、与党である現在の労働党政権も「通常兵器で、後遺症はない」と同じ答弁を繰り返すばかりである。

核政策「米が主導」

 「なぜ政府は真実を語れないのかって? それはね、武器使用の影響を認めれば退役軍人らに補償せねばならない、というだけではないんだ。ブレア首相も国防省も、米政府の許可なしに認めるようなことがあれば、米国がこの国からすべての核兵器を引き揚げるのを恐れているのだよ」

 英国は独自の核政策を堅持しているように見えて、実態は米国のコントロール下にあるという。「核のコロニーだね。だから劣化ウラン弾についても、ペンタゴン(米国防総省)のオウム返しのことしか言えない」

 歯に衣(きぬ)着せぬ政府批判は、そのまま労働党批判にもつながった。ベンさんは長い議員生活を振り返りながら「実際に政治的進歩をもたらすのは、自覚した市民の力が結集された時だ」と力説する。

 それには、より多くの世界の市民が劣化ウラン弾の危険を知る必要がある。「私は議員になる前から核廃絶を唱えてきた。これからは劣化ウラン弾の製造・使用禁止も加えて、もっと市民に向けて語りかけていくつもりだよ」

 ベンさんの平和への取り組みは、今後も日記に記録されていくに違いない。

(2000年6月7日朝刊掲載)

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