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連載・特集

知られざるヒバクシャ 劣化ウラン弾の実態 第4部 同盟国の重荷 英国 <6> 国防省 健康への影響否定 「重要兵器、廃棄せぬ」

 時代を映す英国国防省ビルは、ロンドン市街を流れるテムズ川のほとりにあった。広報担当官の案内で長い廊下を歩き、エレベーターで部屋に着くと、湾岸退役軍人疾病ユニット(GVIU)の責任者であるクリス・ベーカーさんが待っていてくれた。

一定の危険は認識

 「退役軍人たちは劣化ウラン弾の健康への影響を問題にしているが、われわれは影響を与えているとは考えていない」。ひげもじゃの、いかつい顔をしたベーカーさんは硬い表情で言った。予想通りの答えではあった。

 「劣化ウランは鉛のような重金属物質で、微量の放射線を放つ放射性物質でもある。このために一定の危険があることは、われわれも認識していた。しかし、一九九一年の湾岸戦争で英陸軍が使ったのはわずか一二〇ミリ砲弾百個、一トン程度にすぎない。米軍のように誤射による死傷者もいない。危険とされる劣化ウラン粒子を体内に大量に吸入する可能性はほとんどない」

 退役軍人らは、サウジアラビアでの交戦前の実射試験はむろん、イラク軍との地上戦(二月二十四日~二十八日)でも、もっと多くの劣化ウラン弾を発射したと証言している。

 それにしても、米国防総省が認める米・英両軍合わせて約九十五万個(約三百二十トン)の各種劣化ウラン弾が広範に使用され、約三万人の英兵がその範囲内にいたことは無関係なのか。

 「われわれの実験では、戦車に砲弾が命中しても劣化ウラン貫通体のうち微粒子に変化するのは一〇~二〇%程度。それもほとんどが戦車内か周囲数メートル内に落ちる。被弾した敵戦車をのぞき込んだりした者はいても短時間であり、健康に影響するほど内部被曝(ばく)はしていない。周辺での使用も不発弾の方が多いんだから…」

環境汚染「わずか」

 劣化ウラン弾使用に伴う危険について一定の認識がありながら、自軍兵士になぜ防護のための事前警告をしなかったのか。こう尋ねると「戦闘の展開があまりにも急で、その時間がなかったからだ」と、ためらいもなく答えた。

 これまでに、相当数の退役軍人らがカナダや米国の独立した核化学者らの尿検査を受け、劣化ウランが検出されている。

 その点についてベーカーさんは「現実は認識しているが、結果がどこまで科学的かも分からず、疾病と結びつけるような裏付けにはならない」と一蹴(いっしゅう)する。そのうえで、こう付け加えた。「国防省でも退役軍人のための医療診断プログラムを設けて、必要に応じて尿検査を実施している。受診に来る者がいないだけだ」

 劣化ウラン弾が大量に使われたイラクなどの中東地域の環境汚染についても「汚染がないとは言わないが、人体や環境に影響を与えるほどのものではない」と決めつける。「英軍にとって劣化ウラン弾は重要な通常兵器であり、弾薬庫から取り除くつもりはない」。将来の紛争や戦争での使用も否定しない。

答弁まるで人ごと

 国防省は、英軍がこれまでにかかわった紛争や戦争の中で、その後に健康障害を訴えるケースが湾岸戦争退役兵の間に目立って多いのは認めている。劣化ウランによる影響でないとすれば、ほかにどんな原因があると考えるのか…。

 「米兵同様、戦場に赴いた自軍兵士の多くも抗化学兵器剤の臭化ピリドスチグミン(PB)の服用や、生物兵器であるボツリヌス菌に対するワクチン注射を受けた。油田火災による煙害、イラクによる化学兵器の使用も言われている。しかし今のところ、どれひとつとして彼らの疾病を科学的に裏付ける原因は見つかっていない。ミステリーだね、これは…」

 まるで人ごとのようなベーカーさんの答弁。同じような体験を味わった米国防総省での取材が思い出された。国防省に不信を抱き、退役兵らがほとんど診断に訪れなくなって久しい。

(2000年6月8日朝刊掲載)

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