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社説・コラム

『潮流』 来なかった未来

■報道センター経済担当部長 寿山晴彦

 共産圏に住む人の部屋とはどんなものか。何かしら自分たちとは違う世界があると思い込んでいた。

 2003年、取材で訪れた中国上海。日本人にネットで中国語を教える中国人講師の家に向かった。集合住宅のドアを開けて目に入ったのは―。たくさんのディズニーキャラクターの縫いぐるみ、ハンガーに掛かったカラフルな洋服。ドナルドダックの人形を手に「大好きなんです」と話す20代女性の姿に、拍子抜けしたのを覚えている。

 すてきなカフェができたと言うので、一緒に行っておしゃべりした。「日本語を勉強して給料を上げて、服や遊びに使いたい」。暮らしも興味の対象も、大して変わらないのだと知った。

 中国が豊かになって、こういう世代が社会の主役になる。人権や民主主義といった価値観もきっと共有できる。きらきらした未来が見えたような気が、確かにその時はした。

 何年か後、取材でロシアを訪れた時も、感じたのは同じようなことだ。新しくできたマクドナルドが人気だった。街でマツダ車を見るとうれしくなった。

 経済がグローバル化し、同じような消費社会が広がっていく。国を隔てる主義主張の壁は低くなり、人々は理解し合う。それは戦争を防ぐ力になる。地場企業の海外進出を報じるのは、「平和への貢献」でもあると自負していた。

 甘っちょろい理想だったのだろうか。ロシアのウクライナ侵略や中国による香港弾圧を見ると、思い描いていたものと随分違った。経済統合が民主化につながると信じた冷戦後という時代は、一定の結論が見えた気もする。残念ではあるが。

 ディズニーの縫いぐるみに見た未来は、すっかり色あせた。もっとややこしく難しい世界で、それでも希望を紡ぎ直すしかない。

(2022年3月3日朝刊掲載)

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