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知られざるヒバクシャ 劣化ウラン弾の実態 第4部 同盟国の重荷 英国 <7> 科学アドバイザー 「毒性、精子に影響」 刺激物質、妻に痛み

 イングランド北東部サンダーランド市のマルコム・フーパーさん(65)の自宅に着くと、既に正午をかなり回っていた。

 「あいにく妻がロンドンへ出かけて不在だけど、サンドイッチとスープで昼食にしよう」。サンダーランド大学名誉教授(医化学)のフーパーさんは、手際よく料理を作って食卓に運ぶと、湾岸戦争退役軍人とのかかわりについて話し始めた。

湾岸退役兵を支援

 「一九九七年のことだ。四人の退役兵が私の研究室を訪ねて来た。働き盛りの一番元気な年ごろの若者がつえをついてね。どこから見ても病人だった」。彼らの症状を聞き取りながら、自分の専門性を生かすことで退役兵らを支援できると考えた。

 ロンドン大学で薬の開発、薬による病気など医化学分野で博士号を取得。その後も生物化学、毒物学などの研究を続けてきた。

 「湾岸戦争は西洋の軍事史の中で最も毒性に満ちた戦争だった。劣化ウラン弾の使用、イラク軍の化学兵器庫の爆破、油田火災、化学・生物戦に備えて兵士が取った安全性も確認されないさまざまな薬剤…。どれを取っても人体に無害ということはあり得ない」

 フーパーさんは、劣化ウラン弾を「無差別相互確証破壊のための新兵器」と形容する。「政府や国防省は、劣化ウランは天然ウランより放射線レベルが低くて無害と主張しているけど、それはごく一面を見ているだけ。特に兵器として使われた時は、とてつもなく危険が高い」と指摘する。

排出には2万4000年

 主要な危険性は砲弾が戦車などの物体を貫通した際に生まれる劣化ウラン粒子である。その時、劣化ウランの弾芯(しん)に使われる貫通体は、英国防省がいう一〇~二〇%ではなく、最高七〇%までは煙霧状の酸化微粒子となって大気に放出される。千分の一ミリのマイクロ単位、特に五マイクロメートル以下だと肺に着床。半永久的にそこに止まるという。

 「微粒子の多くが高熱でセラミック状になっており、吸入した量の半分が体外に排出されるまでの生物的半減期は十~二十年。食物などに含まれる天然ウランだと溶解可能で、二十時間もすれば尿と一緒に体外へ排出される。が、溶解不可能なセラミック状だと、完全に排出されるまでに理論上二万四千年かかる」

 劣化ウラン粒子は、血液を通してリンパ節や骨にもたまり、免疫システムや血液をつくる骨髄にも影響を与える。尿と一緒にわずかずつ体外へ排出されているのが、退役軍人らの尿検査から検出されているのだ。

 「九年もたってなお検出されるのは、体内のいろいろな部位に劣化ウランが残っている証拠だよ。精子にも含まれることが分かっている」

遺伝子へも悪影響

 フーパーさんは退役軍人と交流するようになり、妻たちが性交時に覚える「バーニング・センセーション(燃えるような激しい痛み)」についても多くの訴えを聞いた。彼はその原因をこう説明する。

 「劣化ウランのもつ化学的毒性や、兵士が摂取した他の化学物質による影響で、精子をつくる代謝の際に異常が起き、非常に強いアミン物質、例えばアンモニアのような物質が多量に含まれてしまうのだ。塩基性のアンモニアは強い刺激性を有している。そのために女性たちは、下腹部に燃えるような激しい痛みを感じるのだよ」

 劣化ウランの持つ放射性と毒性、その他の毒性物質による遺伝子への影響も否定しない。湾岸戦争退役兵の家族に、先天性異常のある子が目立つのも不思議ではないという。

 「劣化ウラン弾が多国籍軍の兵士だけでなく、イラクの兵士や市民の健康と命を奪い、まだ生まれてこない生命にまで影響を与えている。だから私は無差別相互確証破壊兵器と呼んでいるんだよ」

 自国の湾岸戦争退役兵の依頼で、チーフ科学アドバイザーも務めるフーパーさんは、最近ヨーロッパ各地に出かけ劣化ウラン弾の危険を訴えている。

(2000年6月9日朝刊掲載)

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