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知られざるヒバクシャ 劣化ウラン弾の実態 第4部 同盟国の重荷 英国 <8> 退役軍人協会 国相手に訴訟の構え 栄誉メダルを返還

 「私の今の職場はここなんだ。全国の仲間とこの部屋から連絡を取り合っている」。全英湾岸退役軍人・家族協会(NGV&FA)会長のショーン・ラスリングさん(41)は、両手を広げて四畳ほどの自宅の屋根裏部屋を紹介した。

 パソコン、プリンター、各地から届いた手紙、書類だな、書籍…。手作りの長机や壁を占拠する備品に加え、大きな体が部屋を一層小さく見せた。「それにこんなものまであるからね…」。一日に四、五回は横にならないと体が続かないという彼は、入り口にある幅広のソファを見やった。

 イングランドのハル市から国民義勇隊の医療技術者として一九九一年の湾岸戦争に参加。サウジアラビア北部に駐留し、英国兵よりも劣化ウラン弾などで負傷したイラク兵の治療に当たった。帰還後、激しい疲労感や足関節に痛みを覚えるようになり、九六年にやむなく元の職場を去った。

96年に10人で設立

 「協会設立の動きがあったのはちょうどその時。マンチェスター近郊在住で呼びかけ人の退役少佐を会長に、十人のメンバーで始めたんだ」

 多くの疾病を抱える米国の湾岸戦争退役兵と同じように、病気に苦しむ英国の退役兵も、最初は孤立状態が続いた。とりわけ英国では米国のような退役軍人病院がないため、湾岸戦争体験者や家族が一般の開業医院で顔を合わせる機会はほとんどなかった。

 「個人から個人へ…人のつながりでここまで広がった」とラスリングさん。今では全英各地に二千二百人を数える。「すでに夫を亡くした女性もメンバーに残っている。今でも週に三、四人は協会に加わっているよ。でも、一方で月に少なくとも二人が死亡しているんだ」と声を落とした。

終結後に500人死亡

 協会の目的は会員同士の相互扶助のほかに、政府と国防省に対し(1)湾岸戦争に伴う病気の認知(2)政府の責任による適切な治療の実施(3)軍務中の傷害や疾病による戦争年金の速やかな支給―の三点を求めることである。

 湾岸戦争で中東に派遣された五万三千人のうち、戦闘地域で活動したのは約三万人。その中の約六千人がさまざまな健康障害を訴え、約三千人が戦争年金受給者である。戦争終結後、今年四月末までの死亡者は五百人に上る。

 「時の経過とともに退役軍人の病気は深刻さを増している。協会提唱者の初代会長も、二代目も病状の悪化で職を辞した。そのために私が三代目に選ばれたけど、自分の体も悪くなるばかり。妻の支援があるから何とかやれているんだ」

 保険会社に勤めるマリアさん(30)とは四年前に結婚。経済面ばかりでなく、週末にはボランティア職の夫の仕事を手伝う。

 ラスリングさんらはこれまで、疾病の認知や治療を求めて国防省と何度も話し合ってきた。しかし、要求は冷たくはねつけられた。

 「事実を認めようとしない政府や国防省は、われわれが早く死ぬのを待っているとしか思えない」。協会員は、失望と憤りを示すため、湾岸戦争参加のあかしでもある軍からの「栄誉メダル」を返還した。

「無害ミスリード」

 「国防省は、劣化ウランは無害だと誤った情報を国民に流してミスリードしている。それは結局、世界をも誤った方向に導くことにほかならない」

 協会では現在、国防省と政府の責任を明らかにしたいと訴訟の準備を進める。「米国やカナダの湾岸退役兵、大きな被害が出ていると言われるイラクの人々らとも情報交換し、協力を深めたい。被害者のわれわれが世界にメッセージを発し続けることで、劣化ウラン弾使用禁止の声を高めることができれば…」

 命を削るような日々を送りながら、活動に取り組むラスリングさんら英国湾岸退役兵の思いは熱い。(田城明) =第4部おわり=

(2000年6月10日朝刊掲載)

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