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社説・コラム

天風録 『ウクライナの「てぶくろ」』

 ある雪の日、おじいさんが森の小道に手袋の片方を落とした。するとネズミやウサギ、キツネが次々に、暖かそうだと潜り込む。さらにはオオカミやイノシシで膨れ上がり、これ以上は無理だというところに今度は…▲ウクライナ民話の絵本「てぶくろ」が翻訳出版されて57年。実に327万部もの超ミリオンセラーという。ぎゅうぎゅう詰めでも、天敵であっても、何とか隙間をつくって迎え入れていく。そんな動物たちの姿を描いたのはロシアの作家ラチョフ氏▲プーチン大統領は、この絵本を読んだことがあるだろうか。この人はクリミア半島では物足りず、ウクライナ全土を手袋に入れたがっているように見えてならない。しかもあろうことか、入ると信じているらしい▲そうして悲しいことに戦火が収まらない。現地からの映像は、砲撃に傷つき、おびえ、国境越えの逃避行に疲れ切った子どもたちの姿を伝える。その手袋が再び夢と希望で大きく膨らむ日が一刻も早く訪れますように▲さて最後に現れるのはクマ。「どうしても」と強引に巨体を手袋に割り込ませる。物語は丸く収まって終わるのだが、ウクライナの今が重なり、あれこれと考えさせてくれる。

(2022年3月4日朝刊掲載)

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