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連載・特集

広島世界平和ミッション 第六陣メンバー座談会 米で見た 危険と希望

 広島世界平和ミッション(広島国際文化財団主催)の第六陣メンバーは4月1日から39日間にわたって、核超大国の米国を西海岸から東海岸まで行脚。各地の学校で「平和授業」に取り組み「ヒロシマの心」を伝えた。一方で、核兵器開発の中枢を担う国立研究所の見学や米政府高官らとも意見交換。大きな転換期を迎えた米核政策の危険な実態を学んだ。広島に原爆を投下したB29爆撃機「エノラ・ゲイ」ゆかりの地も訪問。原爆投下をめぐる日米の歴史観のずれも実感した。ニューヨークでは核拡散防止条約(NPT)再検討会議の実りある成果を求めて集った世界の市民の反核行動にも参加した。メンバー4人に旅の印象や成果を語ってもらい、都合で座談会に出席できなかった被爆者の村上啓子さんにも話を聞いた。<文中敬称略>(平和ミッション取材班)

■出席者■
■被爆者 松島圭次郎さん(76)広島市佐伯区
■広島YMCA職員 スティーブ・コラックさん(50)米イリノイ州出身、広島市佐伯区
■会社員(米ダートマス大経営大学院留学中) 木村峰志さん(34)広島市安佐北区出身、米バーモント州
■津田塾大3年 前岡愛さん(20)広島市東区出身、東京都国分寺市
聞き手 中国新聞特別編集委員 田城明

超大国の政策

核使用の危機を痛感 松島さん

汚染で国民傷つける 前岡さん

  ―平和ミッションの締めくくりとして、世界に大きな影響を与える核超大国を巡りました。米国の核、軍事、外交政策をどう見ますか。
 松島 市民に核兵器政策の実態を知らさないまま、政府は核兵器の開発を進めている。いらだちを感じた。

 コラック 二十八年前に来日した当時、東西冷戦下にあった米国社会は、核戦争の脅威が身近だった。しかし、母国を平和行脚して、あらためて市民の核への関心が薄れているのに気づいた。現実には核兵器が使われる可能性はかえって高まっており、矛盾を感じた。

  ―核兵器開発の中枢を担うロスアラモス(ニューメキシコ州)とローレンス・リバモア(カリフォルニア州)両国立研究所も訪ねましたね。
 松島 研究所のいたる所で施設の建設が進んでいた。膨大な予算を注ぎ込んでいるのだろう。この勢いでは、現政府は核兵器をちゅうちょなく使いそうだ。

 前岡 ロスアラモス研究所では放射能汚染で立ち入りが禁止された施設を見た。周辺の先住民は住み慣れた土地を汚染されており、米政府は事実を隠して自国民を傷つけている。

 木村 指導者は「テロに屈しない政府」をアピールする材料として、開発に突き進んでいる面もある。米中枢同時テロで米国人は心的外傷(トラウマ)を受けた。その影響でテロへの対抗には「何をやってもいい」「核兵器を使ってもいい」との声も大きい。

  ―特に、米国は「民主主義のチャンピオン」として自分たちの考える正義を貫く意識がとても強いですね。
 コラック その面はある。全米に影響力を持ち、ブッシュ政権の後ろ盾ともなっているテレビ伝道師パット・ロバートソン氏は「米国は平和を守る責任がある。だから力がいる」といっていた。そういう考え方の人は結構多い。

NPT

軍縮語らぬ高官失望 コラックさん

他の枠組みあり得ぬ 木村さん

  ―NPT再検討会議は事実上収穫を挙げられませんでした。その要因には米国の「一国至上主義」的な外交政策もあったのでは?
 コラック 米国務省で再検討会議の準備を担当する高官に会って失望した。彼女は再検討会議の目的として不拡散ばかりを強調し、軍縮に触れなかった。ワシントンの民間シンクタンクの専門家も「現政権はNPTを、不拡散の道具とみている」と指摘した。

 松島 米国が核兵器廃絶への努力によって譲歩の姿勢を示したうえで、拡散防止を訴えないと、各国の理解は得られない。

 木村 同感だ。対立ばかりで最終文書にこぎ着けなかったのは残念。ただ、今回失敗したからといって、NPTが無意味だとは思わない。条約は五カ国の保有を固定化する不平等な内容だが、他の枠組みを新たにつくるのは困難だ。次回へ向け、世界情勢の変化に対応した実効性のある内容を再考する必要がある。

 松島 今の核兵器の威力からいえば、広島に投下された原爆は小さい。でも、NPTの議論の推移を見ていると、その小さな原爆でさえ広島にどれほど悲惨な被害をもたらしたかを知って話し合っているのか疑問に思う。各国の代表者たちに、広島・長崎に来いと言いたい。

 前岡 広島市の秋葉忠利市長が国連で行ったスピーチを傍聴した。でも各国代表はほとんど席を退席していた。市民の願いとはまったく別の次元で国際政治が動いているとむなしくなった。ただ、一方で国連職員として核軍縮に真剣に取り組む日本人の姿に「被爆国日本の国民がやらないで誰がやる」という気持ちにもなった。

伝える

    核維持 莫大な費用 コラックさん

  ―全米各地で「平和授業」などに取り組んできましたが、ヒロシマ・ナガサキはどこまで知られているでしょうか。
 コラック きのこ雲の下で起こった人々の悲惨な体験はほとんど知られていない。米国の学校では投下の日時など限られた事実しか知らせず、深いところまでは教えていない。平和ミッションが会った生徒の大半は、初めて被爆者の体験を聞いた。とても感動した顔つきだった。

 前岡 特に学校で行った平和授業では、質問が絶えなかった。機会が大切だということだと思う。生徒や学生たちは加害者側だから、被害者側の話を聞くのはつらかっただろうけど、よく聞いてくれた。日本の同世代は、中国や韓国の人々が訴える日本の加害についての話を、あれほど誠実に聞けるだろうか…。

 松島 私立校が多かったけれど、公立の学校でもっと話をさせてもらえればいいんだが…。平均的な家庭の若者たちに伝える努力の余地はまだある。

 コラック 滞在中、「テロ組織や北朝鮮の脅威があるから軍縮はできない」という主張を度々耳にしたが、核兵器の維持には莫大(ばくだい)な費用がかかる。

 木村 「国家予算の無駄遣い」をアピールする方法は、市民の共感を呼ぶのに効果的。とにかく知識のない市民の興味を引くために、核兵器の実態をもっと知らせなくてはいけない。

歴史の溝

   「繰り返さぬ」共有 木村さん

  ―B29爆撃機「エノラ・ゲイ」の乗組員が原爆投下訓練をしたウェンドーバー空港(ユタ州)や、「エノラ・ゲイ」が復元展示されているスミソニアン航空宇宙博物館新館(ワシントンDC郊外)も訪れました。原爆投下の是非をめぐる日米の歴史観の溝は、埋まるでしょうか。
 木村 原爆投下を正しかったとは思ってほしくない。でも、その論争ばかりを突き詰めても、相手の態度を硬化させるだけだと思う。意見の違いはあっても、どの人も「再び悲劇を繰り返さないように」という点では共通していた。歴史観の溝より、核兵器が将来使われないようにするための話し合いに力を注ぎたい。

 コラック 一番大切なのは被爆者にどんな悲惨が降りかかったかを知らせること。是非論を戦わせ過ぎると、投下正当論者に耳を傾けさせるのが難しくなる。

 松島 戦時中、両国民は、互いに相手を人間と見なしていなかった。それが戦争。恨みつらみを言い合っても実りがない。

  ―共通点が見いだしやすい部分から、対話を広げるということですね。
 木村 広島・長崎の体験を通して、原爆は「絶対悪」だと分かったのだから、繰り返すまいという語りかけが相手の心に届きやすい。  前岡 私自身は原爆投下の背景についてもっと学ばなければいけないと感じた。そのうえで、未来へ向けた話し合いをしたい。

市民の取り組み

和解の精神に共感 前岡さん

  ―武力行使を含む強硬な姿勢を強める米国の中で、みなさんは戦争に反対し、核兵器廃絶を訴える市民とも多く会いました。
 木村 核兵器関連施設の周辺では、平和団体が監視活動など施設の役割に反対して懸命に働いていた。米国内の今のムードの中、活動を粘り強く続ける人が意外に多いことに驚いた。その点は、多様な意見を受け入れる「自由の国」と評価したい。

 松島 米国の核政策を変えられるのは、米国の人たちだ。核関連施設の周辺で健康被害や環境汚染の恐怖にさらされている人々の活動の輪が、全米へ広がっていくための手助けを被爆者としてしたい。

  ―ニューヨークで「9・11」テロの被害者遺族会「ピースフル・トゥモローズ」の人たちと交流しました。報復ではなく、和解を訴える姿勢をどう思いましたか。
 コラック 復讐(ふくしゅう)では問題は解決しないし、新たな犠牲者も生まれる。自らの苦しみを乗り越えて平和を呼び掛ける姿は、キリスト教の理念を実現している。イスラム教徒を敵視し、報復を声高に訴えるキリスト教原理主義者とは大きく違う。

 前岡 彼らの考え方が世界に広がってほしい。五十年前、被爆女性の治療をしたマウント・サイナイ病院(ニューヨーク市)も訪ねた。敵国への感情にとらわれず、救済の手を差し伸べた和解の精神を学びたい。

今後の取り組み

ヒロシマ重い役割 松島さん

  ―米国行脚の経験を今後どう生かしますか。
 木村 松島さんが病気で倒れた後、前岡さんと平和授業をしたが、被爆者の代わりは到底できないと実感した。それでも余暇を見つけ、間もなく終わる留学後は、勤務地の東京近郊でヒロシマを伝える機会を持ちたい。

 コラック 国連の阿部信泰事務次長(軍縮担当)から助言をもらった。広島で活動する人々の声をインターネットで世界に発信するのは効果的だ。

 木村 平和授業のための資料をインターネットで探したが、写真資料などが少ない。広島市などがもっと貸し出し用の資料を充実し、公開してほしい。

 前岡 私のミッション体験を聞いた友人が「他人任せにできない問題」と言ってくれた。大学のゼミでも話した。渡米前は私自身も知識が少なかった。そのことを考え合わせると世界へ伝える前に、まず国内から、世界の核状況や広島・長崎について伝えていきたい。

 松島 米国はベトナム戦争で、枯れ葉剤を使って大勢の人々を傷つけた事実を忘れている。湾岸、イラク両戦争では劣化ウラン弾でイラクの子どもら住民が汚染され、自国の兵士も傷ついている。核兵器や放射能兵器の拡散が止められない今、ヒロシマを伝える役割の重さをあらためて実感している。自分なりに精いっぱいやっていきたい。

対話重ね未来探る 村上啓子さん

 核問題の研究者たちの意見は、米国の核政策を知るうえで参考になった。米政府は既存の核爆弾を地下貫通型に改造するなど、核兵器の「維持」といいながら事実上は新しいタイプを造ろうとしている。核軍縮は口先だけだと感じた。

 政府高官らは「核拡散を防ぎ、世界の平和を守るには力が必要だ」と主張した。その言葉通りNPT再検討会議でも、非保有国の軍縮の訴えを無視するような振る舞いだった。世界でトップの核超大国としてのおごりが見える。

 再検討会議に合わせてニューヨーク市内で行われた市民行進では、これまで反核・平和活動に携わる人々が世界から集結した。ただ、顔ぶれを見ると、新しい層が取り込めていない。日本の平和活動も同様だが、はじめから手をつなげる相手とだけ交流を重ねてもだめだ。反対意見を持つ人々と対話し、分かってもらえるように取り組もう。

 今回は原爆投下を正当化する人々とも意見を交わした。共通の歴史認識を持つのは無理なようにみえる。でも、だからといって「過去を振り返らずに未来について話そう」という意見にも賛成しかねる。とことん話して、両者の溝の深さを知ったうえで将来を模索したい。

 訪ねた学校のうち三校に、平和や環境のための社会活動の実践を学ぶ授業があった。日本の教育には欠けた部分だ。日米ともに、次世代が平和について学び、それを行動に移せるように、学校現場や家庭で育ててほしい。

 今回、英語で語り掛ける効果を実感した。現地でも配った被爆者の手記の英訳や記録写真を収めたCD―ROM「ヒロシマ・スピークス・アウト」の普及活動に、一層力を入れていきたい。(談)

■被爆者 広島市中区出身、茨城県牛久市。68歳

4 (2005年6月26日朝刊掲載)

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