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社説・コラム

天風録 『原発への進軍、信じ難い光景』

 信じられない光景に出くわした時、人はいかに文章を書くべきか。作家高橋源一郎さんは「掘っ建て小屋みたいな文章」を書くという。いい文章でなくていい、磁石を手に「とりあえず、北だ」とつぶやけばいい―▲誰しも信じられない光景に映ったはずだ。ウクライナのザポロジエ原発にロシアが軍を進めた。地元住民たちは阻止線を張り「ウクライナに戦争は要らない」と叫んだ。見たところ、いでたちはまちまち。発した言葉も飾らないが、正鵠(せいこく)を得ている▲この原発をロシア軍は砲撃して一部を炎上させ、占拠したと報じられた。原子炉近くで交戦中だったと聞けば、背筋も凍る▲廃炉中のチェルノブイリ原発は先に制圧された。留め置かれた作業員は疲労が募り、維持に支障が出てくるかもしれぬ。原子炉を冷やす電源を失えば制御不能に陥ることを、11年前の福島の事故は知らしめた。ザポロジエの放射線のレベルに変化はないとはいうが、先は読めない▲亡き批評家加藤典洋(のりひろ)さんの随筆に「3・11―死に神に突き飛ばされる」がある。おまえは関係ないと、次の世代を襲う死に神はいた。不毛の大地が何世代も残るような破滅を避けよ、と小欄も書くしかない。

(2022年3月5日朝刊掲載)

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