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核廃絶 首相が先導を サーローさん、書簡送る

 核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))を代表して2017年のノーベル平和賞授賞式で演説したカナダ在住の被爆者サーロー節子さん(90)が7日、岸田文雄首相に、核兵器廃絶へのリーダーシップを発揮するよう求める書簡を送った。

 ウクライナに侵攻したロシアのプーチン大統領が核兵器使用を示唆するなど情勢が緊迫する中、「原爆投下の惨禍を身をもって体験した一人として、このような核の脅しを決して許すことはできません」と強調。「今こそ、核兵器の使用や威嚇は絶対に許されないということを声を大にして上げ、世界中に向けて発信してください」と訴えている。

 危機に乗じ、日本の一部政治家から「核共有」を議論すべきだという声が上がっていることに対しては、「米国による核兵器の作戦に加わるということ」と批判。首相が非核三原則を堅持する立場からそうした議論を明確に否定したことに「安堵(あんど)」したとし、必要なのは「核兵器を禁止して廃絶するための国際法を強めること」だと述べている。

 その上で「被爆国日本の行動こそがその鍵を握っている」と記し、首相が核兵器禁止条約の第1回締約国会議に出席し「明確な立場表明」をするよう求めている。(森田裕美)

(2022年3月8日朝刊掲載)

手紙の全文

岸田文雄様
 昨年10月の総理ご就任の際、広島から出た日本国の総理大臣として核兵器廃絶へのリーダーシップを発揮してくださるようお願いする手紙を差し上げました。その後貴殿が、総理大臣として、核兵器のない世界に向けた力強い発信をくり返されていることに、とても励まされています。米国のバイデン大統領との会談においても核兵器のない世界に向けた協力を確認されていることは、頼もしい限りです。

 しかし現在世界では、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻により、恐ろしい状況が続いています。多くの民間人が犠牲になる様子は目を覆うばかりです。戦闘は止まる気配を見せず、避難民が後を絶ちません。ロシア国内を含む世界中で即時停戦を求める市民の声が上がっています。私も、それを心から願う一人です。

 ところがプーチン大統領は、あろうことか核兵器の使用まで示唆し、そのための準備態勢をとるよう軍に指示したと報じられています。1945年8月の米国による原爆投下の惨禍を身をもって体験した一人として、このような核の脅しを決して許すことはできません。一発の爆弾で、広島の街は完全に破壊されたのです。13歳の少女であった私は、瓦礫の中から這い出て、生き延びました。そのときに見た恐ろしい光景と、無惨な形で命を奪われていった家族や友人一人ひとりへの思いが、私が今日まで核兵器廃絶を訴え続ける原動力となってきました。

 岸田文雄さま、今こそ、核兵器の使用や威嚇は絶対に許されないということを声を大にして上げ、世界中に向けて発信してください。今世界は、広島からの声を必要としています。

 こうしたなか日本で一部の政治家から、「核共有」の議論をすべきだという声が上がっていると聞き、私は大変に驚き戸惑っております。「核共有」というのは、日本が米国の核兵器を国内に配備したり共同運用したりすることだと理解しています。それは、日本が米国による核兵器の作戦に加わるということにほかなりません。そのようなことが、被爆国日本にどうして許されるものでしょうか。

 そのような議論に対して総理は、非核三原則を堅持する立場から「認められない」と、即座に明確に否定されました。私はこれを聞いて安堵しました。核兵器が使われたらどのような凄惨で非人道的な事態となるかを世界に訴えることが日本の役割です。それを使用する側に回るという選択肢があろうはずがありません。

 もちろん、戦乱が続く中で、自分たちの生活や国の安全について不安に感じる人びとが増えることは理解できます。しかしそのときに必要なのは、核兵器を持ち込むことでもなければ、戦争の準備をすることでもありません。核兵器を禁止し廃絶するための国際法を強めることこそ必要です。核兵器によらない安全保障として、すでに世界には数多くの非核地帯があります。日本を含む東アジアにおいても非核地帯を作ろうという提案があり、多くの専門家が提言をしています。日本は、憲法の平和主義を生かして、こういった議論こそ前に進めていただきたいと思います。

 世界が核戦争の危機に直面するなか、核兵器を非人道兵器と定めた核兵器禁止条約の意義はますます大きくなっています。今夏に行われるその第1回締約国会議は、核兵器の非人道性を改めて理解し、核実験により傷ついてきた被害者たちの権利を保障し、核の惨害がくり返されないための道筋を話し合う重要な機会となります。

 総理は、核兵器禁止条約について「核兵器のない世界に向けての出口にあたる重要な条約」だと表明されています。日本の総理大臣として初めてこの条約の意義を認めてくださったことに感謝します。その「出口」に向けて、今一歩踏み出してください。

 世界の国々がこれから核の脅し合いの連鎖に陥り破滅への道を突き進むのか、それとも、理性をもって核の恐怖から共に抜け出していくのか、被爆国日本の行動こそがその鍵を握っているといっても過言ではありません。

 核兵器禁止条約の第1回締約国会議に是非とも出席し、その条約の目標の実現のために日本として世界をリードするという明確な立場表明を行ってください。それこそが、広島や長崎の被爆者、また原爆で家族や愛する者たちを失った人びとの心からの願いであると信じております。

2022年3月7日
サーロー節子

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