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社説・コラム

社説 原発への攻撃 潜在リスク 目を向けよ

 常軌を逸した暴挙に強く抗議する。ウクライナ南部にある欧州最大級のザポロジエ原発をロシア軍が砲撃し、占拠した。稼働中の原発への軍事攻撃は前代未聞の事態である。

 ウクライナは原発の依存度が高い。全15基のうち6基が集まる同原発を掌握し、人々の暮らしを盾にして要求をのむよう圧力をかけるのが狙いだろうか。

 幸い原発への被害は周辺施設にとどまり、原子炉や使用済み核燃料の貯蔵施設などの損傷は免れたようだ。放射性物質の漏出も確認されていない。だが一歩間違えば、チェルノブイリ原発事故や福島第1原発事故の二の舞いとなり、国境を越えて惨禍が広がっていた。

 戦時下の原発への攻撃は、ロシアも批准するジュネーブ条約に明確に違反している。既にロシア軍は廃炉作業が続くチェルノブイリも占拠している。加えて6日になって、第2の都市ハリコフで小型原子炉を持つ物理技術研究所も砲撃し、変電設備を全壊させるなど核施設への攻撃をエスカレートさせた。国際原子力機関(IAEA)が発した警告も、無視したままだ。

 残る稼働中の原発がいつ攻撃を受け、危険な事態を招いてもおかしくはない。たとえ原子炉本体は無事であっても、周辺施設の損傷が電源喪失など不測の事態につながり、重大事故を引き起こしかねないのは、福島の事例からも明らかだ。

 ロシア軍が占拠した後の原発の現状は十分に伝えられず、全ての国の原子力施設をガラス張りで監視するIAEAの原則からも逸脱していよう。

 こうした事態が国際社会に波紋を広げるのは、第2次世界大戦以降の原子力の平和利用の前提が大きく揺らぐからだ。

 かつてイスラエルがイラクやシリアで稼働前の原子炉を攻撃したことはあるが、ウクライナのように多くの原発を抱える国が戦闘に巻き込まれたこと自体が初めてだ。戦争の前では、なすすべもない原発のリスクが浮き彫りになった格好だ。

 原発に対するテロ行為については、各国は確かに対策を講じてきた。旅客機を乗っ取り、突入させた2001年の米中枢同時テロが、一つのきっかけだった。日本国内の原発でも3・11の後、原子炉建物から離れた場所などで航空機攻撃を含むテロに対処するための施設の設置が義務付けられている。

 とはいえ度重なる砲撃やミサイル攻撃といった戦時下の軍事攻撃に原発が耐え得るかは、もとより疑わしい。「想定していない」で済ませていいのか。

 日本国内の原発が武力攻撃を受けた被害の予測を、外務省が1984年、極秘に報告書にまとめていたことが、明らかになっている。最悪の場合には大量の放射性物質が漏出して1万8千人が急性被曝(ひばく)で死亡し、86キロ圏が居住不能になる、というシナリオだ。その公表は結局、見送られた。

 潜在的な原発のリスクを知りつつ「あり得ない」と高をくくっていた側面はなかろうか。

 ウクライナの原発を巡る状況がさらに悪化すれば、世界でじわじわ復権してきた原発推進の動きを不安視する声も増してこよう。原子力の平和利用が成り立つとすれば武力による争いがないからこそ―。当たり前のことを頭に入れておきたい。

(2022年3月8日朝刊掲載)

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