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連載・特集

広島世界平和ミッション 旅を終えて <4> 認識の溝 隣国と対話 未来志向で

 十三カ国に及んだ平和ミッションの旅で、原爆投下に始まる核兵器の受け止め方をめぐる議論が大きくすれ違ったのは、第二陣が昨年夏に訪れた中国と韓国であろう。

 いわく「中国人民は被爆に同情するが、日本が引き起こした侵略戦争の結果である」「原爆が使われて韓民族は植民地から解放された」。対話に応じた政府関係者や大学教師、若者までが異口同音に語った。予期していたとはいえ、日韓の被爆者や中国人留学生を含むメンバーの胸を苦く揺さぶる反応が続いた。

 非戦闘員だった市民十数万人の命を奪い、生き残った者たちの心身もさいなむ広島への原爆投下は「核時代の幕開け」を告げた。今に続く「人類の負の遺産」である。だからこそ国籍や世代を超えてミッションに参加したメンバーは、被爆の実態とそこから培われたヒロシマの考えを伝えたいと願った。

厳しい問い■

 しかし残念ながら、隣国の中国と韓国では原爆投下を「懲罰」とみなすのが一般的。核兵器使用の結果を学校教育やメディアはほとんど取り上げていない。それ以上に、侵略と植民地支配の「戦争責任」を日本がどう認識し、行動しているのかへの厳しい問い掛けを内包する。

 とりわけ政治レベルであらわになる中韓との歴史認識の溝の深さは、歴代の日本政府が国連でも唱える「核兵器廃絶」への理解を阻んでいる。

 核保有国の中国で「原爆展を開けないだろうか」と第二陣の派遣に際し、中国を一党支配する共産党中央につながる人物を介して要請書を送った。催促を重ねた末の返事は「前例がない。交流なら入国を受け入れる」であった。

 人民大会堂で会見に応じた全人代常務副委員長は「歴史の教訓をくみとらなくてはならない」と、江沢民国家主席(当時)が一九九八年の訪日でも盛んに述べたフレーズを引用した。

 「中国の核は自衛のため」とも強調した党幹部の一人は、「原爆展はその時期にない」と会食の席で耳打ちした。小泉純一郎首相の靖国神社参拝に反発する中国は、三年前から首脳の相互訪問に応じていない。「非核国」として国連安全保障常任理事国を目指す日本に対して、今年四月には「反日」デモが吹き荒れた。「中国は全体主義国家だ」と批判したところで展望は開けない。

 韓国の大学での対話では、北朝鮮の核開発について「心配する必要はない」と楽観視する意見にも出くわした。広島で被爆し、民族分断による朝鮮戦争も経験した在韓被爆者のメンバーは「核の恐ろしさを知るべきだ」と同胞に強く求めた。

 とはいえ、盧武鉉政権を生んだ若い世代が支持するインターネット新聞の最新調査でも、北朝鮮の核武装を「米国への防衛」と容認する答えが否定を上回る。日本を「平和を脅かす国」ともみる。過去をめぐる歴史認識の溝が、東アジアの安定と平和を醸成する障害になっている。

過去直視を■

 では、市民レベルにおいて何ができるのか。日中関係が専門で、現在は米ハーバード大客員研究員に就く王偉彬広島修道大教授(48)は「互いに感情的に陥らないことが大切」と、民衆のナショナリズムが反発し合い増幅することを戒める。日本側でいえば、侵略された中国の記憶を刺激する発言や行動を慎むことだ。

 六月に報告書を公表した日韓歴史共同研究委員会の一人、原田環広島女子大教授(58)は「過去の事実を直視し、その場しのぎの対応をしないことだ」と言う。相手をなだめるという姿勢では同じことの繰り返し。それより相手の内実をきちんと知る営みが必要と説く。

 核兵器がもたらす人間的な悲惨を世界に伝えるためにも、中韓、北朝鮮とも過去を顧みる対話は欠かせない。歴史を見つめることは未来を創造することでもある。溝は深くても対話を積み重ねることはできるはずだ。

(2005年6月30日朝刊掲載)

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