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知られざるヒバクシャ 劣化ウラン弾の実態 第5部 戦場国の爪痕 イラク <2> 環境汚染 南部で今なお深刻 調査の科学者訴え

 「劣化ウラン弾が大量に使われたイラク南部では、今も放射能汚染が深刻です」。バグダッド大学助教授のソアッド・ナジ・アル・アザーウイさん(47)はデータを示しながら、アメリカ人ら約五十人に、劣化ウラン弾による環境汚染の実態を流ちょうな英語で説明した。

使用直後に測れず

 「例えば、私たちが採取したサフアンやズベアなど五カ所の地域の土壌からは、自然界の放射能値がゼロのトリウム234(Th234)が一キログラム当たり八五〇ベクレルから六五二〇〇ベクレルも含まれていました。Th234はむろん、劣化ウラン(U238)の崩壊過程で生まれたものです。一ベクレルは一秒間に一個の原子の崩壊を表す放射能の単位です」

 だれもが理解できるように、彼女は易しく言った。「調査地域には、約十二万五千人が住んでいます。住民への直接的被害はもとより、作物や家畜への影響、地下水汚染なども懸念されます」

 バグダッド市街のホテルであったアザーウイさんの講演は三十分余り。より詳しく調査結果を知るため、翌朝、市内のはずれにあるバグダッド大工学部のキャンパスを訪ねた。環境工学博士課程プログラムのチーフを務める彼女の研究室は、建物二階にあった。

 「これが昨日の話をまとめた資料よ」。アラビア語と英語で書かれたその資料を基に説明を聞いた。

 「私たち六人の研究チームが調査を開始したのは九六年。その後、毎年、砂の移動による汚染地域の拡大を含めて追跡調査している。ただ、劣化ウラン弾の使用直後に直接放射能レベルを測れなかったのは、返す返すも残念だわ…」

計算式用いて推定

 アザーウイさんが、湾岸戦争で米・英両軍が劣化ウラン弾を使ったのではないかと知ったのは九三年。当時は測定器具の問題や抱えている仕事もあって、現地調査ができなかった。

 実現したのはそれから三年後。測定を基に、計算式で使用直後の空気、土壌、水の放射能値を割り出した。さらに、風力や風向、砂の移動などを加味しながら人口約百六十万人のイラク南部最大の都市、バスラ地域への影響を推定した。

 「人体への最大の影響は、劣化ウラン弾の使用時に生じた微粒子の吸入であることは間違いないわ。バスラの住民は、当時確実に被曝(ばく)している。イラク兵もだけど、状況によっては北に向かって移動していた彼ら以上に風下にいたアメリカ兵や多国籍軍兵士の方が被曝の危険が高かったでしょう」

 調査に裏付けされたアザーウイさんの言葉からは、環境学者としてトレーニングを積んだ者の確かさが伝わってきた。

「危険知らせたい」

 「小さい時から科学者にあこがれていた」という彼女は、三十歳で米国コロラド州のコロラド鉱山大学へ子連れ留学。地質環境工学を学び、同州の原発に関する地下水汚染研究で博士号を取得した。その直後の九一年一月、九年余の米国生活を終え、湾岸戦争のさなかに帰国した。

 劣化ウラン弾を使った当事者の米国防総省や英国防省は「環境への実質的な影響はないと主張している」と、こちらの取材体験を伝えると、彼女は半ばあきれ顔で反論した。

 「例えばそれが一個や二個ならね…。でも、何千、何万、それこそ百万個にもなると話はまったく別。ウラン238の半減期は四十五億年。化学的な毒性作用も強い。そこには、人も動物も住んでいるのよ。何の調査もせずに、よくそんなことが言えるわね」

 アザーウイさんは今、アルファ線が正確に測定できる精密な質量分析計や、現地に設置できるコンピューターが一番欲しいという。

 「より正確な科学的データを集めておきたい。ペンタゴン(米国防総省)に反論するためというより、劣化ウランを使えばどうなるか、その危険を知ることは世界の人々にとって大事なことだからよ」

 熱っぽい彼女の口調には、科学者としての尽きない探求心がにじんでいた。

(2000年6月19日朝刊掲載)

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