×

連載・特集

知られざるヒバクシャ 劣化ウラン弾の実態 第5部 戦場国の爪痕 イラク <5> 先天性異常 退役兵の子に多発 際立つ死産・短命

 「ここにある六十七人の先天性障害のケースは、バスラ市内の病院で昨年八月の一カ月間で起きたものです」。バスラ小児・産科病院の小児科医、フィラス・アブダル・アバスさん(33)は、そう言って病院内の大会議室の壁に展示した先天性異常の赤ちゃんの写真に目をやった。

戦争前の3、4倍

 「この赤ん坊は骨の異常。口唇・口蓋(がい)裂のケース。この子は無脳。皮膚のない状態。首と頭の異常。これはアザラシ肢症と呼ばれるケース…」。アバスさんの説明は続いた。多くは死産か極めて短い命だという。

 アバスさんの案内を受け、白血病などのがんで入院中の子どもたちを取材した後だけに、目前の写真が一層心に重くのしかかってきた。

 「一九九一年の湾岸戦争前と比べると、バスラでは先天性障害の新生児の誕生は三、四倍。がんの発症率の増加と似た傾向にあります」

 大会議室でアバスさんの説明を聞いている時、産科病棟から一人の看護婦が小走りにやって来て言った。「今、死産の赤ん坊を取り上げました。もし、写真を撮るのでしたら、先生がいいと言っています」

 小児病棟から産科病棟への長い廊下を歩き、手術室へ向かうと、父親らしい青年や、イスラム教徒の伝統的な女性の服装であるヘジャブ姿の肉親らが心配そうに廊下にたたずんでいた。

「なぜ、2度も…」

 帝王切開で母胎から取り出された赤ちゃんは、体長四十~五十センチ。脳が無く、手足の指はそれぞれ六本だった。手術を終えた母親は、寝台に乗せられ、すぐ病棟へ運ばれた。

 「父親は湾岸戦争の退役兵なんですよ。昨年一月の出産でも、今日とまったく同じ状態だった」。額の汗をぬぐいながら手術室から出てきた主治医のフェイズ・アル・ウェーリーさん(32)は、冷静な口調で言った。「この病院では、ひと月に八百五十人から千人の赤ちゃんが生まれるけど、毎週一人ないし二人は異常児。とても多いです」

 ウェーリーさんの計らいで母親のいる病室を訪ねた後、別室で父親のモハメッド・ハッスンさん(32)から話を聞いた。

 「なぜ、二度もこんな不幸が起きるのか、私にはさっぱり分からない。家族にも親類にも、先天性異常の者は一人もいないのに…」。いすに腰を下ろしたハッスンさんは、落胆を隠せぬように視線を落とした。

 徴兵で陸軍部隊に所属した彼は、九〇年八月のイラク軍のクウェート占領と同時にクウェート市の西約三十キロのアル・ジャバラ市に駐留。九一年二月二十四日の地上戦が始まる前の空爆で「運転していた小型トラックが破壊された」と振り返る。

 「戦争で命が助かったのは神の加護のおかげ」とハッスンさん。九二年の除隊後は、バスラ市内でせっけんやシャンプーなどを販売する雑貨店を営み、大病を患うことなく暮らしてきた。同い年の妻との間に、六歳を頭に三人の息子がいるが、「今のところ元気だ」と言う。

複合的要因と指摘

 「劣化ウラン? そんな言葉は聞いたこともない」。放射能という言葉も耳にしたことがないハッスンさんは「原因は分からないけど、もう子どもをつくる勇気はありません。妻の回復と、三人の子が病気をせずに育ってくれるのを神に祈るだけです」と、何度も「神(アラー)」を口にした。

 ハッスンさんとの通訳を務めてくれたウェーリーさんは、劣化ウランや放射能の意味をあえて父親には説明せず、こう付け加えた。

 「アメリカやイギリスの湾岸戦争退役兵の家族に、先天性障害の子が多いというのは、九八年にバグダッドで開かれた湾岸戦争の影響に関する国際会議などで聞いています。きっと劣化ウランのほかにも、複合的な要因があるのでしょう。親たちの悲しむ姿を何度も目にするのは、医師としてつらいことです…」

(2000年6月22日朝刊掲載)

年別アーカイブ