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両親の身 広島から祈る キエフ出身 コバレンコさん 「原爆」など大学で講義

 ロシア軍の侵攻によってウクライナ各地に戦火が及び、人道危機は刻一刻と深刻さを増している。原発が攻撃されるなど、危険極まりない状況にある。首都キエフ出身のエリザベト音楽大(広島市中区)非常勤講師、オレクサンドル・コバレンコさん(41)=広島市安佐北区=は、両親たちの身を祈る思いで案じている。(湯浅梨奈)

 「1人暮らしの母の自宅の隣に、ロシア軍のミサイルが撃ち込まれて…」。コバレンコさんがタブレット端末に保存された写真を開いた。窓越しに見える高層住宅は、一部が破壊されている。

 ロシア軍の侵攻開始から2日後の2月26日だった。母親(66)はその瞬間を目撃して恐怖し、勤務先の幼稚園の地下室へ避難した。以来昼間は自宅で、夜は地下室で過ごしているという。

 日本へ来るよう母親を説得しても「自分だけ逃げることはしない」と言い、聞いてくれない。コバレンコさんの祖母を含め、近くにいる親類は80~90代の高齢者ばかり。皆を連れて国境を渡ることは、難しいのだ。

 核物理学者の父親も66歳。ロシア侵攻後、国防省傘下の「地域防衛隊」に入団して国から配布された銃を手にした。「徹底抗戦」の決意を語りながら、息子には「もう若くないし、持病もある。大丈夫だろうか」「銀行から預金を下ろすことができなくなった」と不安な胸の内も明かしている。

 コバレンコさんによると、現在まで両親とは何とかインターネットで連絡できている。「でも、いつ通じなくなるか…。2人とも『大丈夫だ』と言うが、体力的にも精神的にも追い詰められている」

 コバレンコさんはキエフ大で日本史を学んだ後、広島大総合科学部に留学した。日本近世史に関心を持つ一方、故布川弘教授のゼミで広島の戦後復興史を学び、大学院に進んだ。広島で家庭を築き、現在は被爆地で音大生たちに「軍都広島」や「原爆投下」などのテーマで講義している。

 同国北部でチェルノブイリ原発事故が起きた5歳の時、放射線の健康影響を懸念する父の判断で半年ほど、親元を離れ疎開した経験も持つ。「被爆地に住むウクライナ出身者として、核による威嚇など絶対に許せないのです」

 やるせない気持ちは、日々募る。それでもコバレンコさんは「広島から心を寄せてくれること自体が、ウクライナの人たちの支えになっている。支援やプーチン政権への抗議の声は両親たちにも伝わっている」と感謝を口にする。

 エリザベト音楽大は12、13の両日、コバレンコさんへの励ましも込め、オープンキャンパスの会場に募金箱を設置。カトリック広島司教区を通じて避難民の受け入れ国などに送金する予定だ。

(2022年3月13日朝刊掲載)

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