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露の核使用 可能性は 「恫喝戦略」 リスクはらむ

 ロシア軍は核使用をちらつかせて世界の恐怖心をあおり、ウクライナ侵攻を有利に進めようとする「恫喝(どうかつ)戦略」をとる。実際に核兵器を使う可能性はあるのか。戦争が長期化する中、小型核の使用に踏み切る恐れは否定できない―との見方も出てきており、緊張が高まっている。(編集委員・東海右佐衛門直柄)

 一橋大大学院法学研究科の秋山信将教授(軍備管理)が注目するのは、「E2DE」と呼ばれるロシアの軍事戦略だ。「エスカレート・トゥ・ディエスカレート」の略。ウクライナ侵攻では、恐怖心を与える威嚇や軍事行動であえて戦況をエスカレートさせ、西側の介入を食い止め、最終的には主導権を握ろうとする戦術が読み取れるという。そこに核兵器の使用まで踏み切るのかどうか。「可能性は高くはないが、ゼロではない」と秋山教授はみる。

戦術核 米の8倍

 核使用のリスクが高まる局面として、北大西洋条約機構(NATO)の軍事介入を挙げる。現時点でNATOは軍事介入しない、としている。「ただウクライナの犠牲者がさらに増えた場合、米世論が『介入すべきだ』という論調に変わる可能性はあり得る」と語る。軍事介入になれば、ロシアの通常兵器の能力はNATOよりかなり劣るとされる。

 秋山教授は「NATO介入の兆候が見えた時点で、プーチン政権は戦況が不利になるのを回避するため、事前に小型核を使って威嚇し自らの都合のよい状態で戦争終結を図ろうとする。E2DE戦略の延長線上で起こり得ることではないか」と指摘する。

 その懸念は、米国と同様にロシアも近年力を入れている核兵器の小型化からも見て取れる。かつて世界には7万発を超える核兵器があり、そのほとんどを米国と旧ソ連が保有し、威嚇し合ってきた。ソ連崩壊後にロシアの軍事力は質量ともに低下したが、その後経済力を付けたロシアは、射程が短くて小型の戦術核の開発に注力し、米国との差を補おうとしている。長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA)の推計によると、2021年時点で米国とロシアの核弾頭の保有総数に大きな差はないが、ロシアの戦術核は1910発で米国の8倍に及ぶ。

 大型の核は全面核戦争を引き起こすため使えないが、小型核は「使いやすい」―。被爆地としては決して受け入れがたい考えが背景にある。いくら小型であっても核兵器使用は人道上許されない。

安保体制に影響

 核を威嚇のカードに持ち出すだけでも、今後の世界の安全保障体制に影響を及ぼしかねない。一部の国は核戦略を強める恐れがあり、核軍縮の流れが停滞する可能性がある。

 「核兵器で脅し合う世界は結局、戦争を防げないことが示された」と非政府組織「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN(アイキャン))の川崎哲(あきら)会長は述べる。核抑止力で平和が保たれているという幻想がこれまであったが「核は恐ろしい道具。結局、廃絶しかない、という意識を世界に広める時だ」と訴える。

露の核使用 可能性は[識者談話]単なる威嚇 戦況操る狙い/NATO介入が引き金も

 ロシアがウクライナ侵攻の手を強める中、核兵器を使う可能性があるかどうかは専門家の間でも見解が分かれる。ロシア内政や核軍備に詳しい2人の識者に聞く。

単なる威嚇 戦況操る狙い

 広島市立大広島平和研究所の加藤美保子講師(国際関係論・ロシア外交) 現時点で、ロシアがウクライナの戦場で核兵器を使うとは考えていない。単なる威嚇にとどまるだろう。

 核兵器を使うことのロシアのデメリットは計り知れない。国際社会から孤立しかねず、自国民の健康を脅かすことにもなる。またチェルノブイリ原発事故は、ウクライナとロシアが共に背負ってきた負の歴史だ。再び核物質で汚染するということが、どんな悲惨な未来をもたらすか。プーチン大統領はよく理解しているはずだ。

 「何をしでかすか分からない」と、プーチン大統領の精神状態をいぶかる声もある。しかし一方では極めて冷静に、かなり前から周到に準備した様子がうかがえる。西側の経済制裁を想定し、侵攻前に中国やインドの指導者と会って経済協力の絆を確認している。

 核兵器を振りかざすのは、欧米諸国の介入を抑止しつつ、ロシア側の要求について満額回答を得るためだ。恐怖と不安を与え戦況を操るのが狙いだろう。衝動的に核を使うことはないとみる。

NATO介入が引き金も

 長崎大核兵器廃絶研究センターの西田充教授(軍備管理・軍縮) ロシアが小型核を使う可能性はあると見ている。それはロシア軍の戦況が悪化した場合や、NATOが軍事介入の動きを見せた場合などで起こり得る。人的被害が少ない場所に1発撃ち込み、あえて事態を急にエスカレートさせて西側を脅す戦術が想定される。

 米国の核兵器は大型の「戦略核」が中心。ロシアの小型核使用への反撃として大きな核を使うことにちゅうちょし、反応できない可能性がある。核使用で米国を引かせ、ロシアの都合のよいかたちで戦争を終わらせようとするシナリオが考えられる。

 今後の西側の対応は難しい。軍事介入をしたり、経済制裁を強め過ぎたりすると、ロシアは国家存立の危機と受け止め、核兵器を使うかもしれない。一方で軍事介入をせずウクライナがロシアの属国になってしまったら、多くの犠牲者を出した揚げ句、われわれは権威主義者による国際秩序の破壊を受け入れたことになる。プーチン大統領の思考回路は読めず、国際社会は袋小路に入りつつある。

(2022年3月16日朝刊掲載)

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