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原爆症認定訴訟 基準見直しヤマ場 政治判断 結末は…

■記者 森田裕美、野田華奈子、岡田浩平

 原爆症認定の集団訴訟が大きな節目を迎えた。全国各地で18連敗した国が、8月の「原爆の日」までの決着に向け、認定基準の見直しを本格化。敗訴した一部原告も含めた「全員救済」は法的な困難さがある一方、その可能性を探る動きも続く。最初の提訴から6年余。ようやく政治が示す解決策は、年老いた被爆者の願いをどこまですくい上げるのか。これまでの司法判断を踏まえ、論点を整理する。

 原爆症認定の集団訴訟は、日本被団協の呼び掛けに応えた被爆者が2003年4月、まず札幌、名古屋、長崎の3地裁に提訴した。当時は、被爆者の1%に満たない人たちしか原爆症と認められておらず、認定制度の見直しを国に迫るためだった。全国弁護団によると、これまでに地裁・高裁で18件の判決が出たほか、最高裁2件と高裁8件、地裁12件で係争中だ。

 既に下された18判決は、国が昨年3月まで審査のよりどころとしてきた「原因確率」や、DS86など被曝(ひばく)線量推定方式の合理性は認めつつ、その限界を指摘。機械的な運用を批判した。

 さらに、原告の被爆者たちに現代の科学的知見では説明がつかない急性症状などが現れる事実を挙げ「個々の被爆者の実態を踏まえた総合的判断」を求めた。個別判断で退けられた原告はいるものの、判断の流れは揺らいでいない。

 2007年、厚生労働省は、与党など「政治」に押し切られる形で基準の見直しに着手。翌2008年4月に条件を緩和した。その後も司法の場では争っているが、未認定の疾病を患う原告が相次ぎ勝訴し、2008年4月に導入した新基準も「不十分」と批判を浴びる。

 そうした国に対し、2009年3月の広島地裁判決は、認定審査を担う被爆者医療分科会の審査に漫然と従った厚労省の認定行政の責任を認め、初めて国家賠償を命じた。

 5月の東京高裁判決は、被爆者援護法の「国家補償的性格」に言及。高齢化する被爆者への配慮を求めた。判決を重ねるごとに国は厳しい立場に追いやられている。

 原告勝訴に与野党は動きを活発化させている。現行制度の見直しのほか、法改正で認定制度を改める提案もある。

 司法が積み重ねた判断は、現在の科学で解明しきれない原爆被害にどう向き合うかを、国に問い掛けている。


●裁判 判決日
 判決内容
 被爆者原告数 ①勝訴 ②敗訴

●①大阪地裁(第1次) 2006/5/12
 原因確率を絶対視した国の認定審査の在り方を批判。これまで放射線の影響がほとんどないとされてきた入市や遠距離被爆者の内部被曝の可能性を認める
 9 ①9 ②0

●②広島地裁(第1次) 2006/8/4
 国が審査のよりどころとする「原因確率」や被曝線量推定方式DS86などの基準の限界を指摘し、機械的適用を批判。個々の被爆者の被爆状況や被爆後の急性症状など、総合的な考慮を重視し、骨折なども認定
 41 ①41 ②0

●③名古屋地裁 2007/1/31
 国の認定審査の在り方を三たび批判。個々の被爆者の実情に即した総合的な判断を求める流れが定着。各論では白内障と嚢胞性膵腫瘍(のうほうせいすいしゅよう)の2人について放射線起因性について専門家の見解が分かれる点から却下
 4 ①2 ②2

●④仙台地裁 2007/3/20
 2人の疾病を個別に判断し、「放射線起因性」と、がん摘出後の治療の「要医療性」を認めた
 2 ①2 ②0

●⑤東京地裁 2007/3/22
 国の認定基準の限界を認め、個々の被爆者の実情を踏まえた判断を求める。原告9人については、被爆状況や急性症状の有無、現在の症例などから認めず
 30 ①21 ②9

●⑥熊本地裁 2007/7/30
 内部被曝を考慮していない国の審査を批判。C型肝硬変などの2人については個別判断で放射線起因性を否定
 21 ①19 ②2

●⑦仙台高裁(④の控訴審) 2008/5/28(確定)
 08年4月に条件を緩和した新基準が導入されて初の司法判断。一審判決を支持。旧審査について「原因確率を形式的に運用した」などと批判
 2 ①2 ②0

●⑧大阪高裁(①の控訴審) 2008/5/30(確定)
 一審判決を支持。新基準の積極認定の対象外である甲状腺機能低下症や貧血なども認める
 9 ①9 ②0

●⑨長崎地裁 2008/6/23
 「積極認定」の対象外である肝機能障害の6人全員を初めて認定。胎内被爆者の十二指腸腫瘍(しゅよう)や大阪高裁判決で認定された甲状腺機能障害については放射線起因性を否定
 27 ①20 ②7

●⑩大阪地裁(第2次) 2008/7/18
 集団訴訟で唯一の「救護被爆者」の請求を棄却。新基準で認定されている被爆者原告1人の舌がんについて、放射線起因性を否定したが、「認定の結論を左右しない」と判断した
 11 ①4 ◇6 ②1

●⑪札幌地裁 2008/9/22
 高血圧症を初めて認定。「積極認定」の対象外である肝機能障害や甲状腺機能障害も認める
 7 ①4 ◇3 ②0

●⑫千葉地裁 2008/10/14
 「積極認定」の対象外である脳梗塞(こうそく)の後遺症と肝機能障害を認定
 4 ①2 ◇2 ②0

●⑬鹿児島地裁 2009/1/23(確定)
 原告6人は係争中に新基準で認定された。このうち複数の疾病で申請した2人について、未認定だった甲状腺がんと、前立腺がんを原爆症と認める
 6 ①2 ◇6 ②0

●⑭東京高裁(⑫の控訴審) 2009/3/12
 「積極認定」の対象疾病以外でも基準を満たせば、放射線と病気の発症、悪化などの関係が事実上推定されるべきだと判断。肝機能障害の一つ肝硬変を初めて高裁レベルで認める
 4 ①2 ◇2 ②0

●⑮広島地裁(第2次) 2009/3/18
 18人は係争中に認定。判決はこのうち複数疾病で申請した2人の未認定部分と、別の3人を原爆症と認める。厚労相は医療分科会の認定・判断に不十分な点がある場合、基準の是正や必要な調査などの義務を負うと指摘。初めて国家賠償を命じる。一方、白内障、肺がんの2人は生活習慣などを踏まえ放射線起因性を否定
 23 ①5 ◇18 ②2

●⑯高知地裁 2009/3/27
 原告の虚血性心疾患についても、近年の疫学調査などから、原爆放射線による影響の可能性を認める
 1 ①1 ②0

●⑰大阪高裁(⑩の控訴審) 2009/5/15(勝訴原告は確定)
 肝機能障害を認めた。救護被爆の1人については、人体に影響がある程度の放射線を浴びた可能性を示したが、急性症状がない点を理由に却下
 11 ①4 ◇6 ②1

●⑱東京高裁(⑤の控訴審) 2009/5/28(勝訴原告は確定へ)
 被爆者援護法の「国家補償的な性格」を認め、被爆者の高齢化に留意した判断を求める。「積極認定」の対象外である肝機能障害と甲状腺機能低下症についても、放射線と関連性があるものとして審査に当たるべきだとした
 30 ①10 ◇20 ②1

 ≪注釈≫勝訴欄の◇の数は、係争中に国が原爆症認定をした原告数。裁判上は「訴えの利益がない」として却下されているが、事実上の勝訴に当たる。裁判上の勝訴と区別するため、◇で別に記した。また、⑬鹿児島地裁、⑮広島地裁2次、⑱東京高裁では、原告の一部が複数の疾病で認定申請し、勝訴と、事実上の勝訴の双方に該当したため、合計(敗訴を含む)が被爆者原告数と一致しない

原因確率
 国が、原爆症認定基準を見直す前の2008年3月まで、審査で最大の根拠としてきた指針。DS86、DS02などで推定される被爆者の被曝線量に年齢や性別を加味し、原爆放射線が疾病の原因となっている確率を示す。50%以上なら放射線起因性が「ある」、10%未満は「低い」とされた。集団訴訟の判決では機械的な適用が批判された。

DS86とDS02
 原爆の爆発後、約1分以内に出た初期放射線の総量と被爆者がいた地点、遮へい物の有無などを基に一人一人の被曝線量を推定する計算方式。03年に承認されたDS02は、1986年策定のDS86の精度を高めた。DS02では、広島原爆の出力を通常爆薬TNT換算で15キロトンから16キロトンに、爆発の高度を580メートルから600メートルに修正したが、算出される個々の被曝線量に、二つの計算方式で大きな差は生じない。

積極認定
 国は集団訴訟の相次ぐ敗訴を受け、08年4月、従来の「原因確率」を廃止し、審査の条件を緩和した。新基準は、爆心地から約3.5キロ以内で直爆▽原爆投下後から約100時間以内に爆心地から約2キロ以内に入市▽原爆投下から約2週間のうちに1週間ほど爆心地付近に滞在―のいずれかに該当すれば、がん、白血病、副甲状腺機能障害、放射線白内障、心筋梗塞(こうそく)の5疾病を積極認定。それ以外は個別に総合的に判断する、としている。

(2009年6月11日朝刊掲載)

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