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社説・コラム

天風録 『JICA懸賞エッセーの世界観』

 小学校教員の父親が出し抜けに言ったらしい。「俺、農家になるわ」。物語風の書き出しから、広島県立加計高2年久保日向太(ひなた)さんのエッセーは始まる。国際協力機構、通称JICAの公募に応じた高校生の作文約2万5千点から最優秀賞に選ばれた▲父の継ぐ田んぼの周りで発電パネルが増え、むしばまれる里山風景に日向太さんは心を痛める。〈太陽光パネルは、本当に持続可能なのだろうか〉。環境キャンペーンが奪いかねない文化や産業の伝統にも目を向ける▲JICAのエッセー募集は60年前、「海外移住懸賞作文」として始まった。初回の課題は「わが国の海外移住はどうあるべきか」。ご褒美も、移住船への同乗だった▲60年間の課題を並べた一覧表からは、移り変わる日本人の世界観も見て取れる。経済成長や政府開発援助の額が伸びるにつれ、「国際協力」「途上国」といった言葉が目に付く。先進国の「上から目線」がうかがえる▲昨今では経済が頭打ちのせいか、課題も「世界とつながる」「共に生きる」と腰が低い。それでも、気候変動や貧困を天下国家からではなく、足元から説き起こす日向太さんたち10代の方が時代を先取りしている気がする。

(2022年3月17日朝刊掲載)

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