×

ニュース

ミステリーで伝えた不条理 西村京太郎さんと戦争 原爆・軍国主義… 記憶つなぐ

 先日悲報を聞いた西村京太郎さんは広島と浅からぬ因縁がある。トラベルミステリーの舞台に広島を再々取り上げたということではない。晩年の西村さんは自らの戦争体験を伝えつつ、娯楽小説の中で「戦争」を描くことに心を砕き、原爆にも強い関心を示していた。

 2020年5月に刊行された「十津川警部 呉・広島ダブル殺人事件」(双葉社)の読後、西村さんに取材を申し込んだ。原爆や戦争が事件に影を落とす筋立てに興味が湧いたからだ。

 警視庁の若き刑事が、祖父の頼みで訪れた呉と広島で事件に遭い、おなじみ十津川警部と共に捜査に乗り出す。祖父は紙一重で被爆をまぬがれ、呉で終戦を迎えたとの設定である。同時期に出版された「魔界京都放浪記」(光文社)でも西村さんは「この世の地獄」として原爆を描いており、意図を聞いてみたかった。

 新型コロナウイルスの感染拡大で担当編集者も会えなかった時期。やむなく書面で尋ねると、そう日を置かず原稿用紙15枚に及ぶ手書きの回答がファクスで届いた。そこには「戦争を書く」ことへのためらいや、その後の覚悟がつづられていた。

 東京陸軍幼年学校で敗戦を迎えた西村さんに、戦地へ赴いた体験はない。そのため、戦争は戦闘を体験した人たちが書くべきだと思っていたという。しかし歳月とともに戦場を知る世代が少なくなり、「私たちが書いていかなければならない」と覚悟を決めるようになったそうだ。

 とはいえ戦闘や原爆による死の実感はない。そこで被爆や戦死を免れた人を登場させ「間接的な描写」を試みるとも記してあった。

 西村さんの作品に戦争が頻繁に顔を出すようになったのは、戦後70年を迎える頃からだ。特攻、空襲、軍国主義…。戦争による不条理な死を、現代の殺人事件と重ね合わせた作品が、次々世に送り出された。

 戦後生まれの十津川警部が事件を通して戦争の歴史に触れ、命が軽視された時代の理不尽さを浮き彫りにしていく。そんなスタイルには忘却にあらがう気持ちも込められていたに違いない。

 直接体験していない出来事に迫り、伝える―。戦争や被爆体験を継承する糸口を、西村さんから得た思いがした。

 実は、西村さんを一躍人気作家に押し上げた1978年の代表作「寝台特急(ブルートレイン)殺人事件」も広島とつながりがある。犯人は広島生まれで被爆していることが示唆されている。長きにわたり心身をむしばむ原爆の非人道性が事件の遠景にある。ずっと昔から西村さんの頭の中には、原爆があったのかもしれない。

 直筆の回答には、こんな小説も書いてみたいと、青写真が示されていた。

 原爆のことを何も知らない東京の若者が広島にやって来る。レンタカーで走っていて老婦人をはねてしまう。看護しているうち彼女が被爆者だと分かって…。

 まさに「記憶の継承」の物語ではないか。対面し、続きを聞いてみたかった。(森田裕美)     ◇

 西村京太郎さんは3日死去、91歳。

(2022年3月17日朝刊掲載)

年別アーカイブ