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連載・特集

緑地帯 野中明 ゲンビとわたし③

 チェレにはミラノを拠点に活動していた彫刻家、長澤英俊(1940~2018年)が案内してくれた。長澤の生み出す作品はどれも寡黙でありながら、何とも言えぬ艶やかなオーラをまとっている。チェレのオーナーであるゴーリも彼の仕事によほど魅了されたのだろう。チェレにとどまらず、ゴーリの出資によりピストイアの街に新設された人工透析センターにも長澤の作品は設置されていた。

 旧満州(中国東北部)の東寧で生まれた長澤は、敗戦の混乱のなか約1年半をかけて日本にたどり着き、母親の実家のある現在の埼玉県川島町で育った。多摩美術大学を卒業したのち26歳の折に日本を出国。タイから西を目指して自転車で旅をし、自転車が盗難にあったミラノに腰を落ち着け彫刻家としての道を歩んだ。何ともドラマに満ちた人生だ。

 十数年前、長澤の回顧展が日本国内を巡回した。当時勤めていた長崎県美術館でもぜひとも開催したいと欲した私は、彼を長崎ゆかりの作家と位置付けることで何とか周囲の了解を得た。長澤は満州から引き揚げる最中に兄弟をすべて失っている。そんな過酷な道のりを経た長澤が初めて踏みしめた日本の土地が長崎県の佐世保だったのだ。少々力技ではある。

 ありがたいことに、我がゲンビではそんな力技を使う必要はない。ゲンビは長澤を重要な現代作家と位置付け、その作品をちゃんと所蔵しているのだ。その名は「縁台(Panca)」(1995~96年)。リニューアルオープン後のゲンビで再び出会うことを楽しみにしている。(広島市現代美術館副館長=広島市)

(2022年3月17日朝刊掲載)

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