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社説・コラム

天風録 『ゴジラを「広島の名誉市民」に』

 「ゴジラにこそ、広島の名誉市民になってもらいたい」。特撮映画「ゴジラ」第1作で世に出た俳優宝田明さんは大まじめだった。6年前、取材で会った本紙ジュニアライターへの提案である▲水爆実験で安住の地を奪われたのは怪獣も同じ、との思いだった。第1作の封切りは、戦争の傷痕がまだ癒えぬ1954年。娯楽映画と見せてその実(じつ)、作品の底には反戦の念が込められていたという。宝田さんは後に、ゴジラを「同級生」とも呼ぶ▲かと言って正義漢ぶらず、旧ソ連国境の中国東北部で送った10代の日々を語るとき、怨念も隠さなかった。共著「平和と命こそ」にこんな一節がある。〈ロシアのどんなに素晴らしい映画を観(み)ようが、バレエを観ようが、どうしても許せない…〉▲ソ連軍の略奪や暴行を目の当たりにし、自らも銃火で死線をさまよった。その侵攻にさらされた者にしか分からぬ憎悪もあろう。ウクライナの痛ましい状況に人一倍、心休まらなかったはずの先日、帰らぬ人となった▲冒頭の取材後、ジュニアライターに宝田さんが贈った色紙に〈不戦不争〉とある。憎しみしかもたらさぬ戦争を許すな、絶対に―。そう読める4文字をかみしめている。

(2022年3月20日朝刊掲載)

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