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連載・特集

緑地帯 野中明 ゲンビとわたし⑥

 菊畑茂久馬(1935~2020年)という画家がいる。長崎市に生まれたこの画家は、終戦間近の1944年以後、生活の場を福岡市から動かすことはなかった。福岡の前衛美術家集団「九州派」の一員として50年代末に画家としてのキャリアを歩みだした菊畑は戦後の日本美術史における最重要作家の一人となった。2013年、福岡市美術館と長崎県美術館において彼の大規模な回顧展が同時開催されたが、幸運にも私はその展覧会を担当することができた。

 展覧会にはゲンビ所蔵の「天動説 十三」もお借りした(福岡会場に展示)。彼の大型油彩画シリーズの第1弾である「天動説」のうちの1点だ。実はこの作品、1985年に制作され一度発表されたものの、その2年後に完全に作り変えられてしまっている。菊畑は手元に残っている作品にしばしば手を入れた。ちょっとした加筆にとどまる場合もあれば、別の作品と呼ぶしかないほどに改変する場合もある。学芸員泣かせの所業だ。

 ゲンビは菊畑の作品をもう1点所蔵している。1997年制作の「天河 七」だ。こちらは完成後すぐにゲンビに収蔵されているので、当初の姿を保っておりとても貴重。菊畑はある時期、この「天河」をもって「天動説」から始まる彼の大型油彩画のシリーズを打ち止めにすると宣言していた。さすがゲンビ。始まりと終わり、押さえるべきところをしっかりと押さえている。が、彼はその後も「春風」「春の唄」という二つの大型油彩画シリーズを世に送り出したのだった。学芸員泣かせの所業である。(広島市現代美術館副館長=広島市)

(2022年3月22日朝刊掲載)

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