×

社説・コラム

天風録 『「肌で感じる」被爆遺構』

 一度だけ、原爆ドームを真下から取材で拝ませてもらったことがある。風景は忘れたが、足の裏は覚えている。れんが壁のがれきが靴底でこすれ合い、乾いた音を立てた。骨を踏んづけた気がして、鳥肌が立った▲その日から、広島市の平和記念公園に足を踏み入れるたびに心苦しくなった。肌で知ったからである。石畳や地面の下には今なお息づいている―。77年前の夏、米国の原爆投下で一瞬にして断ち切られた市井の痕跡が▲その一角を掘り下げ、市がきのう被爆遺構展示館として公開を始めた。約3メートル四方には黒炭のような畳の跡も見える。陶板で再現したそうだ。被爆の実情を後々まで伝える施設は、「肌で感じる」がキーワードと聞く▲世界平和を訴える「無言の証人」といえば、つい地上の被爆建物ばかりを思い浮かべてしまいそうになる。「証人」は地下にも人知れず眠っていたのである。もっといえば、そんな地層は平和公園の周りにもあるはず▲開館初日、折しも米国の駐日大使が広島を訪れていた。原爆資料館こそ見て回ったものの、残念ながら展示館への立ち寄りはお預けになったらしい。被爆地で、察したものは何だろう。皮膚感覚が気になる。

(2022年3月27日朝刊掲載)

年別アーカイブ