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社説・コラム

社説 核使用「限定」宣言断念 人類の存続なぜ考えぬ

 ロシアのウクライナ侵攻が、予期せぬ逆風になったようだ。

 米政権が策定を進めている新たな核戦略指針「核体制の見直し(NPR)」を巡り、核兵器の役割を大幅に限定する「唯一の目的」宣言の見送りを、バイデン大統領が決めた。米国と英国の主要な新聞が報じた。

 オバマ政権で副大統領を務めたバイデン氏は以前から、敵の核攻撃阻止や反撃などへの核兵器の役割「限定」に強い意欲を見せていた。ところが、日本をはじめ米国の「核の傘」に頼る同盟国から抑止力低下への懸念が示され、断念したという。

 宣言されれば「核なき世界」への大きな一歩になったはずだ。核軍縮に背を向けたトランプ前政権ではあり得ない好機だっただけに、残念でならない。

 背景には、緊迫する国際情勢がある。北朝鮮は4年前、自ら凍結を決めたのに、大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験を再開させた。先週は新型ICBMの発射実験を行った。米国全土を射程に収める能力があるとされ、脅威はかつてなく高まっている。米国との対立が続く中国も、核を含めた戦力を着々と強化している。

 そこに、とどめの一撃が加わった。ロシアのプーチン大統領による隣国侵攻である。核兵器の使用までちらつかせた。

 核兵器がないと、自国の安全は守れない―。あおりで、そんな短絡的な考えが国際社会に広がっている。どれほど危うい発想か、被爆地として看過できない。こんな時だからこそ、冷静に考えるべきである。

 というのも核兵器は戦闘員だけでなく、子どもから老人まで無差別に民間人を殺害する上、都市をも破壊し尽くすからだ。市民が逃げ込んだ劇場にまで砲口を向けるロシアのやり口は批判されて当然だ。まして、放射線までまき散らす核兵器の非人道性は到底許されない。エスカレートして核戦争になれば、人類滅亡の恐れさえある。その点にこそ目を向けねばならない。

 あろうことか、自滅を避けようとしたバイデン政権の足を引っ張った国の中に、日本も含まれている。核なき世界への歩みを邪魔するとは、被爆国としての立場を捨て去るつもりか。

 昨年秋、米国が当時検討していた「核の先制不使用」政策にも岸田政権の閣僚の多くが「ノー」を唱えた。「なぜ、核軍縮につながる動きに賛同しないのか」。疑問が被爆者たちから出るのも理にかなっている。

 米国が「先制不使用」の代わりに、検討していたのが今回の「唯一の目的」宣言だった。これすら見送らざるを得ないほど事態は深刻だと言えよう。

 とはいえ、ずるずると核軍縮を後退させてはいけない。核兵器がある限り、人為ミスによる誤発射や、偶発的な事故、テロリスト集団に奪われるリスクはなくならない。人類の存続には核兵器廃絶しか道はないのだ。

 こうした被爆地の訴えは核兵器禁止条約として実を結んだ。発効して1年余り、批准した国・地域は60に上る。核なき世界を求める声が着実に大きくなってきた証しである。6月に予定される初の締約国会議には、ドイツやノルウェーなどを見習い日本もオブザーバー参加すべきだ。連携を深め、逆風に負けぬよう、核廃絶へのうねりを再び強くしていかねばならない。

(2022年3月28日朝刊掲載)

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