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[ウクライナ侵攻 被爆地の視座] 核依存か軍縮か 分岐点 広島・長崎の平和研トップ対論

 ロシアによるウクライナ侵攻を巡り、停戦への道筋は今も見えない。ロシアに核兵器を使わせないため、そして犠牲者をこれ以上増やさないために、国際社会が問われていることは―。広島市立大広島平和研究所(安佐南区)の大芝亮所長と、長崎大核兵器廃絶研究センター(長崎市)の吉田文彦センター長に3月30日、オンラインで意見を交わしてもらった。(編集委員・東海右佐衛門直柄)

広島市立大広島平和研究所長 大芝亮氏(68)

核禁止 世界の規範に

長崎大核兵器廃絶研究センター長 吉田文彦氏(66)

外交決着へ知恵絞れ

―ロシアの核威嚇をどう受け止めますか。
 吉田氏 侵略行為を始めたロシアの指導者が、非人道的な核兵器でどう喝したことの衝撃は大きい。これまで核兵器の使用はタブーであり、核拡散防止条約(NPT)などの多国間協議の場で核軍縮が話し合われてきた。そこで培われたルールや規範を踏みにじった。

 世界はいま、分岐点にある。核兵器依存に偏った世界に転換するのか、あるいはこれまでの核軍縮の流れを継続できるのか。それは、ウクライナ戦争の今後と、戦後の秩序再構築により左右される。

 大芝氏 現在、核使用のリスクはゼロではない。ロシアの威嚇により、核戦争の入り口にいとも簡単に入っていく危険性を世界は実感した。これまで核兵器を持ち、均衡を図ることで世界の安定が保たれるとの「核抑止論」が一部で主張されてきたが、その脆弱(ぜいじゃく)性が示された。核は脅しの道具でしかないのだ。

  ―停戦交渉の今後の行方をどう見ていますか。

 大芝氏 交渉は一定に進んだと報道されているが、安心できない。ウクライナが北大西洋条約機構(NATO)に加盟せず「中立化」した後、安全保障の枠組みをどう構築するか。さらにロシアが実効支配しているクリミア半島での人権保護状況を誰が監視するかなどの課題があり、すぐに停戦できる状況ではない。

 吉田氏 ウクライナの人々の命や生活、人権を考えるととにかく停戦を実現させることが喫緊の課題だ。ただし、現時点では非常に難しい。国連安保理の常任理事国であるロシアが、侵略戦争をしたことに甘い対応をするべきではない。戦闘行為をやめ、外交決着へつなげるために国際社会は知恵を絞らなければならない。

  ―ウクライナ侵攻を機に、核抑止の考え方が一部で広がっていることについてどう考えますか。
 大芝氏 「ウクライナは核兵器を放棄したから攻め込まれた」という考え方があるが、今回の侵攻と直結させるのはおかしい。ウクライナは旧ソ連時代の核兵器を保有していたが、1996年までに核弾頭は撤去された。そんな昔の出来事と今回の侵攻を直結させることは無理がある。

 吉田氏 ロシアの脅しに対して、条件反射的に同じ核を持つべきだと唱える人がいるのは想像できる。こちらが核を怖いと思うから、同じ核を持てば相手は手出しをせず、世界は安定するだろうという考えだ。

 ただ今回、現実に起きたことは違う。プーチン大統領という指導者の個人的な判断でいかようにも戦争が起き、核兵器使用のリスクも一気に高まることが示された。これでは、核には核で安全を維持できるとみる核抑止論は通用しない。実際、NATOは軍事介入をいまのところせず、欧米諸国などは非軍事的な圧力を強めている。うまくいくかはまだ分からない。ただ今後は軍縮による安全保障という柱を明確にすべきだ。最終的には国際法によって軍縮を明確に位置づけ、核兵器への依存度を減らすことが必要だ。

 大芝氏 同感だ。軍事侵攻に対しても、人道的な見地を大事にし、政治・外交問題として対応することが必要だ。そして、いかなる国際秩序を形成していくかが今回試されている。被爆地からも、このまま戦争を続けて核兵器でどう喝すること、ましてや使用することは認められないと訴え、このことを国際社会の規範としてより確立していくことが重要だ。核兵器の開発から使用まで全面禁止する核兵器禁止条約の締約国を増やすことが鍵になる。

おおしば・りょう
 54年、兵庫県生まれ。一橋大法学部卒。米国エール大で博士号取得(政治学)。上智大法学部助教授、一橋大理事・副学長、青山学院大国際センター長などを経て、19年4月から現職。専門は国際関係論。

よしだ・ふみひこ
 55年、京都市生まれ。東京大文学部卒。大阪大で博士号取得(国際公共政策)。朝日新聞社に入社し、論説委員、論説副主幹などを歴任。国際基督教大客員教授などを経て、19年4月から現職。専門は、核軍縮・不拡散政策。

(2022年4月1日朝刊掲載)

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