[ウクライナ侵攻 被爆地の視座] 日本被団協代表委員 田中熙巳(てるみ)さん(89)
22年4月4日
「核で地域安定」は幻想
怒りを通り越し、悲しくてたまらない。「日本も核武装すべきだ」。ロシアのウクライナ侵攻を受けて、そんな主張が公然と飛び交っている。とりわけ情けないのは被爆国の政治家だ。米国の核兵器を共同運用する「核共有」を平気な顔で唱えている。核兵器のことを何一つ分かっていないとしか思えない。
核兵器は大量虐殺、大量破壊を目的とした兵器だ。予告なく、一瞬のうちに人びとを殺傷する。都市を壊滅させる。しかも放射線で人間を遺伝子まで傷つけ、生き残った人はもちろん、子や孫の代まで苦しめる。
被爆者はその本質を目の当たりにした。私も長崎の爆心地から約3・2キロの自宅で被爆。親族5人を失った。無残な死だった。だから、私たちは心身をすり減らして訴えてきたのだ。「どれほど苦しいか知ってくれ」「核兵器を存在させてはいけない」と。
ロシアのプーチン大統領は北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大に焦りを募らせ、核の小型化を進めてきたとされる。使いやすいように、と。だが核兵器の本質を踏まえれば、使える核などあるはずもない。
一方で、今のプーチン大統領なら本当に使いかねないとの危うさも感じる。核超大国の指導者として分別を持つべきなのに、ウクライナに固執し、感情に走っているように見える。やはり、核の存在が地域を安定させるなどという考え方は幻想でしかないのだ。
こういう指導者を選んでいるのは国民だ、ということも忘れてはならない。ロシア政府の暴走を止められるのはロシア国民、日本の核抑止政策を変えられるのは日本国民でしかない。当事者意識を持ちたい。近代の戦争では必ず、私たち市民が犠牲になるのだから。
6月にオーストリアである核兵器禁止条約の第1回締約国会議を核廃絶に向けた好機としたい。欧州各国は、核戦争に巻き込まれかねないとの危機感を強めている。核廃絶の目標を世界の合意としたい。被団協も代表を派遣するつもりだ。
本当は私も今すぐロシアに行き、草の根の市民に働き掛けたいが、年を取り過ぎた。ただ諦めない。命ある限り、核の非人道性を訴え続ける。(聞き手は編集委員・田中美千子)
(2022年4月4日朝刊掲載)