×

社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 戦争・原爆…読んで養う想像力

 「おうたもんにしか分からんよのう」「若いあんたじゃあ駄目じゃ」。駆け出しの頃、被爆者たちから投げ掛けられた言葉である。

 今思えば、ものを知らず、聞く姿勢もなってなかったに違いない。不勉強を反省しつつも、被爆者の「地獄のような苦しみ」はきっと「おうたもん」でないと分からないのもまた事実だと思った。

 だがそこで諦めてしまっては、記者として何も伝えられない。記録資料にあたりながら取材を重ね、被爆の実情に迫る努力を、四半世紀続けている。

 自ら体験していないことを「分からない」で済ませてしまえば、原爆に限らずあらゆる出来事で、当事者と非当事者は隔てられてしまう。人類が過ちを繰り返さないため、戦争や原爆の記憶を継承するのが私たちの使命であるならば、「分からない」を補う想像力が求められる。

 その入り口となる格好のツールとして、私は「本」を推す。読めば知識や教養がつくという話ではない。

 本は、ページをめくることで実際には訪ねることのできない過去や遠い世界に、読む者をいざなう。想像力を鍛えるのに欠かせないと考えるからだ。

 ちまたには、平和を考える上で助けになる本がたくさん存在している。戦争や核の非人道性を伝えるルポや解説などのノンフィクションは、まず「知る」のにもってこいだろう。

 言葉の力で読み手の心を激しく揺さぶる詩や小説など、フィクションもお薦めしたい。当事者が言語化できないほどのつらい記憶、亡くなった人の声、平和を阻む社会の構造的暴力…。目に見えない真実を差し出し、「他者の痛み」をわがこととして考えさせる。

 そんな一冊を折々に紹介し、平和を考える糸口にしたい。さあ、一緒に思索の旅に出ませんか。

「同志少女よ、敵を撃て」逢坂冬馬著(早川書房)

戦時性暴力 怒りにじむ

 ロシア軍によるウクライナ侵攻で、引き合いに出されることが増えた独ソ戦。膨大な戦死者を出し、「史上最悪」とも形容される戦争が、この物語の舞台である。女性狙撃兵の目線から、戦争とは何かを問う。

 アガサ・クリスティー賞を受けた逢坂冬馬さんのデビュー作で、直木賞候補にもなった話題作だ。

 主人公は、モスクワ近郊の村出身で狩猟が得意な少女。ドイツ軍に村を焼かれ母を奪われ、狙撃兵を志す。やがて訓練学校で絆を深めた仲間と戦地へ。戦争のリアルに触れながら成長していく筋立てである。

 と書けば、単にヒロインの成長譚(たん)と取られそうだが、それは違う。

 物語の大きな流れは史実に基づく。歴史小説のようでもあり、論文のような緻密さもある。人間関係を軸にしたミステリーとも言えそう。さらに、従軍作家のごとく、戦場を生々しく描いているという点では、戦争文学を読むようでもある。

 しかし、この作品の骨となっているのは、国や民族を問わず戦争で繰り返される残虐行為、とりわけ戦時性暴力への怒りである。

 手に汗握る展開が続き、終盤は心臓のバクバクが止まらない。最後まで読んでようやく、当初あか抜けないと感じた「同志少女よ―」というタイトルが重みを持って響いてくる。

 歴史の大きな文脈からはこぼれ落ちてしまう性暴力や女性兵士の声をエンタメ小説として昇華した労作。本を閉じる頃には、こちら(読者)が燃え尽きてしまいそうな熱量がある。

 いま思い起こすべきは、人類がまた惨劇を繰り返していること。私たちは過去に学ばなくてはならない。

「黒い卵(完全版)」栗原貞子著(人文書院)

非戦・反権力 詩人の告発

 詩には、読む者を遠くまで運ぶ力がある―と思う。短い言葉で過去や未来、海の向こうへ。時には誰かの心の内ものぞかせてくれる。

 原爆を題材にした詩集は少なくない。数ある中から今回この一冊を選んだのは、「詩が持つ力」以外にも、多くの情報を読み取れるからである。

 栗原貞子(1913~2005年)が1946年8月に出した私家版に、占領下の検閲などで収録できなかった作品を加え、83年に出版した反戦詩歌集。前半が「詩篇(へん)」、後半が「短歌篇(へん)」で成る。代表作「生ましめんかな」のほか、戦時下でひそかに書きためた反戦詩も収めている。非戦や反権力の志を貫いた詩人の軌跡が見える。

 言論に対する日本の検閲体制は、敗戦後間もなく解体された。だが、連合国軍総司令部(GHQ)は45年9月にプレスコードを敷き49年まで検閲を続けた。

 私家版発行から37年を経て、世に出た「完全版」。栗原は検閲ゲラをなくしていたが、研究者で詩人の堀場清子さん(91)が80年代に渡米し、占領下の検閲資料のコピーを入手。刊行につながった。

 完全版を見て驚くのは、検閲で削除されたのが原爆詩ではなく、日本兵の残虐さや戦争批判の作品だったこと。戦争や軍への批判を許さない姿勢は占領軍も旧日本軍と同じだったのだ。

 私家版に収められていない原爆詩は、栗原が自己規制で削除していたことも、本書は明らかにしている。

 言論統制下、何が言え、何が言えなかったのか。検閲は表現者にどんな影響を及ぼしたのか。当時の社会や政治まで、まざまざと見せてくれる一冊である。

これも!

①スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著/三浦みどり訳「戦争は女の顔をしていない」(岩波現代文庫)
②大木毅著「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」(岩波新書)

①堀場清子著「原爆 表現と検閲―日本人はどう対応したか」(朝日新聞社)
②モニカ・ブラウ著/繁沢敦子訳「新版 検閲―原爆報道はどう禁じられたのか」(時事通信社)

年間200冊を読む森田記者が「推し」の本を紹介します。随時掲載します。

(2022年4月4日朝刊掲載)

年別アーカイブ