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特攻隊員遺品 平和考えて ウクライナ侵攻… 命日前に公開へ

岩国の剣道場 8日から 日記など十数点

 太平洋戦争末期に特攻隊員として21歳で戦死した岩国市出身の新屋勇さんの遺品が、市内の剣道場で8日から1カ月間展示される。かつて新屋さんが通った道場のOB会が、遺族から引き継いだ日記や訓練記録を公開する。ロシアのウクライナ侵攻で多くの命が失われる中、新屋さんの命日(4月11日)を前に子どもたちと平和の大切さを考える。(有岡英俊)

 「青春の好期を無為に葬ることなく切磋琢磨(せっさたくま)の功を積み(中略)大いに帝国のために尽くし得る人たらんことを期すべきであろう」。1940年に入った東京陸軍航空学校でつづった日記は「反省記」と題し、家族への思いや戦地に赴く心構えを記す。

 新屋さんは岩国城下町で生まれ育ち、地元の岩国練武会に入門した。旧陸軍元帥の長谷川好道(よしみち)の邸宅跡に立つ岩国練武場で、2歳違いの弟昇さん(故人)と竹刀を振った。

 知覧特攻平和会館(鹿児島県)などによると、新屋さんは東京陸軍航空学校や飛行学校で操縦技術を磨き、飛行第19戦隊に配属された。45年4月11日、台湾・宜蘭(ぎらん)の飛行場から戦闘機で飛び立ち、沖縄西方の海上で米艦艇に体当たりし戦死した。

 遺族によると、ほとんどの隊員が手を振って出撃する中、新屋さんは振り返らず飛び立ったという。整備兵だった昇さんは兄の機体を担当し、兄の髪の毛と爪を持ち帰った。

 遺品約50点は2018年に遺族からOB会に寄贈され、道場の一室で保管している。ウクライナ情勢が悪化する中、展示を決めた。反省記のほか、訓練内容を記録した「飛行手簿」、軍が突撃死した状況を知らせる「感状」、稽古の皆勤賞の賞状など十数点を岩国練武場に並べる。

 OB会の藤本治道会長(74)は「大先輩の若者がなぜ死ななければならなかったのか、子どもたちと一緒に考えたい」。新屋さんの妹の蔵重良江さん(80)=岩国市=は「兄を誇りに思う。兄の人生に触れ、平和を願う気持ちを高めてほしい」と話す。

 希望者は稽古日の火、金曜の午後5時~7時半に見学できる。練武会の栗栖嗣夫会長☎090(8605)5367。

(2022年4月4日朝刊掲載)

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