×

連載・特集

山口の被爆者 第1部 岐路に立つ活動 <2> 心の支え

悩み相談 担い手不足

運営手伝う二世も

 「事務局SOS 体調が悪くて困っています」

 こんな一文が、防府市原爆被害者の会の事務局便りに載った。二〇〇一年五月。この三カ月前、会の事務局長で県被団協副会長の同市田島、内田作治さん(80)が脳梗塞(こうそく)で一時、意識不明になったからだ。

後任探し兼ねる

 会を創設した一九五九年から、被爆者からの相談や学校などへの会員の派遣、支部総会の資料作りなど事務局を切り盛りしてきた。応援の呼びかけは、事務局長の後任探しも兼ねていた。だが、反応は一件もなかった。

 「高齢化する被爆者に引き受け手はいない。自分に、もしものことがあったら、どうしたらいいのか」。内田さんは健康不安を抱えながら、今も事務局の仕事をこなす。

 「白内障にかかっとる。どうしたらええんじゃろうか」。会が毎月の第三土曜日に防府市内で開く相談会。市内の男性(80)が打ち明けた。同い年の内田さんが、男性の体調を聞きながらアドバイスする。

 相談に来た男性は「いつも丁寧に教えてもらい、助かっている。被爆者同士だから話もしやすい」と、安心した表情をみせた。

 内田さんは、陸軍の鉄道隊に配属され、爆心地から約二キロ離れた広島市西区の鉄道隊の宿舎で被爆。全身にやけどを負った。「核兵器の廃絶に向けた活動や体験の継承は、生かされた者の当然の務め」。この思いは、被爆から六十年の今も変わらない。

 自宅に、被爆者から相談の電話がよくかかる。豊富な相談経験から、医師を紹介したり、病院に付き添ったりする。

 会員は現在、二百二十人。市内の十一小学校区別に計十七人の役員がいる。体調や悩みを把握してもらい、会員が体調を崩すと自宅を訪れたり、入院先に見舞いに行ったり。「悲惨な体験をした被爆者同士。お互い助け合ってやってきた」と同会の野見ツネコ副会長(86)は説明する。

 被爆者の支援は、県内十五カ所にある県被団協支部が担う。その重点に、心の支えでもある被爆者相談がある。

大半は70代後半

 県被団協は、日本被団協の認定する相談員の育成に力を入れる。現在、相談員は三十六人。大半が七十歳代後半で、しかも支部の役員だ。被爆二世を含め家族や被爆者以外の相談員はいない。高齢の被爆者から被爆者に相談員を引き継ぐ構図では、支援活動の先細りは避けられない。

 山口・小郡支部や周南支部では、被爆二世が事務局を担うケースが出てきた。豊浦郡原爆被害者の会では、被爆二世がパソコンで会報作りを手伝い、年一回の総会では送迎をしている。

 同会の会長で、県被団協の日野一利副会長(77)は「被爆二世も自分たちの子どもを思い、被爆の事実を知られたくない人もいる。だが、日ごろの活動を通して少しずつでも、会の実情を知ってもらい、平和への思いを継承していきたい」と力を込めた。

(2005年6月30日朝刊掲載)

年別アーカイブ