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連載・特集

[ウクライナ侵攻 被爆地の視座] ホロコースト記念館理事長 大塚信さん(73)

歴史に学び 声上げて

 爆撃を受けた病院、砲撃される幼稚園。そして、無残に虐殺された子どもを含む多くの市民たち―。この破壊は一体何のためか。どうしてそこまでしなければならないのか。人間はホロコーストの悲劇、戦争の歴史から学んでいない。繰り返していると感じる。

 51年前、「アンネの日記」の作者アンネ・フランクの父、オットーさんと旅先で出会い「同情するだけではなく、平和をつくるために何かする人になって」と託された。各国を訪ねて犠牲者の遺品や資料を集め、ホロコーストの歴史を学ぶ教育施設として福山市内に記念館を立ち上げた。

 準備中から、ホロコーストを経験したユダヤ人や各国の記念館を訪ね歩いた。ウクライナにはユダヤ人を隔離したゲットー跡地もあり、同国出身のホロコースト経験者にも会った。

 彼らはナチス・ドイツの行為を憎むのではなく記憶する、忘れないことを大切にしていた。「ホロコーストの事実が知られていない。日本でも教育を」と訴えられたのを覚えている。

 ところが、ロシアによるウクライナ侵攻で東部にある第2の都市ハリコフは甚大な被害を受け、ホロコーストの生き証人だった96歳男性が無差別攻撃で亡くなった。被害を伝える記念碑も損害を受けた。ホロコーストの痛みを記憶しようとする人たちの過去を消し去り破壊する行為。私たちが思っている以上に衝撃的なことだ。

 ウクライナでは今、多くの市民の遺体が見つかっている。ゼレンスキー大統領はジェノサイド(大量虐殺)だと糾弾し、世界でも同様の批判が沸き起こっている。虐殺があったのは間違いないと思う。しかし、ルワンダの虐殺などと並べるのは早計ではないか。国連などの現地調査や検証を急ぐ必要がある。

 今回の侵攻自体を第2次世界大戦中のナチス・ドイツやホロコーストに例える動きもある。政治家たちは理解しやすいようそういう言葉を使っているが、歴史を学び、それぞれの史実として理解した方がいい。

 繰り返される戦争に終止符を打つ手段は、教育しかないと思う。開館から27年間、平和教育に力を注いできた。それでも今、この状況を止められず、無力感を感じる。世界の多くの人がそう感じているだろう。

 戦争は人間を狂気に走らせる。今回の侵攻は、ロシアやウクライナだけの問題ではなく人類の問題だ。ホロコーストや過去の虐殺、被爆の歴史を一人一人が多角的に学ぶ必要がある。

 アンネは日記の中で人間には破壊と殺人の本能があるとつづっていた。一方で、人間の本性は善だと信じていた。アンネは今も訴えかけている。

 オットーさんの言葉を借りるなら、ウクライナの惨状に心を寄せるだけではなく、平和のために行動してほしい。特に被爆地の広島の子どもたちが純粋な声を発し、それを結集すれば、きっと世界は耳を傾けるはずだ。(聞き手は原未緒)

(2022年4月9日朝刊掲載)

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