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連載・特集

ビキニ被災50年 核なき世界 なお遠く

 米国が「ブラボー」と呼んだ水爆実験で、中部太平洋マーシャル諸島の住民や、日本のマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員たちが被曝(ひばく)した。この「ビキニ被災」から3月1日で、ちょうど半世紀を迎える。

 広島原爆の1000倍という巨大な威力。その衝撃は、原水爆禁止運動がうねりのように全国に広がり、ヒロシマ・ナガサキの原爆被害をあらためて世界に広める契機ともなった。しかし、21世紀を迎えた今、核保有国は拡散を続ける。小型核兵器の開発の動きもある。人類と地球に再び、「死の灰」を降らせるのか―。(森田裕美)

 ストックホルム国際平和研究所などの資料を基に、各国の核拡散状況をまとめた。疑惑国の動きの一方で、保有国も核兵器を最新鋭化する水平・垂直両面の拡散が浮かび上がる。

保有国

小型核の研究開始 米

ICBM廃棄延期 露

 ●米国 七千六十八の核弾頭を配備。三千二百三十の核弾頭を予備として保管、プルトニウム部分五千個を貯蔵。ロシアとの戦略攻撃兵器削減条約で、二〇一二年までに核弾頭を千七百―二千二百個に減らすことを決めたが、削減弾頭は保管可能。

 国防総省は「核体制の見直し」で、核攻撃の対象となる国としてロシア、中国、北朝鮮、イランなど七カ国を指定、地下核実験再開の必要性も指摘した。ブッシュ政権は先制攻撃ドクトリンを掲げ、貫通型の小型核の研究を開始。核兵器の性能確認のためとして一九九七年以来、臨界前核実験を二十回行った。

 ●ロシア 八千二百三十二の核弾頭を配備。予備として保管されている量は九千八百個と推定される。年間千の弾頭の削減を続けるが、十弾頭を搭載する大陸間弾道ミサイル(ICBM)SS18の廃棄は延期。〇三年十月には核兵器の限定使用を盛り込んだ新ドクトリンを発表。臨界前核実験も実施している。

 ●中国 四百二の核弾頭を保有。米国に届くICBMを二十基保有しているとみられ、この数は〇五年には三十、一〇年には六十に増える見込み。ICBMの東風31、東風41、潜水艦発射弾道ミサイル巨浪2も開発中で、CIAは多弾頭化の能力を持つと判断している。

 ●フランス 三百四十八の核弾頭保有。弾道核ミサイル搭載原潜、潜水艦発射弾道ミサイル、巡航ミサイル、核搭載攻撃機などの最新鋭化を進めている。

 ●英国 百八十五の核弾頭保有。百六十が弾道核ミサイル搭載原潜四隻に搭載され、残りは予備保管。米国と共同で臨界前核実験も実施。大量破壊兵器保有国に対する核攻撃の可能性を言明している。

 ●インド 三十―四十の核弾頭を保有し、増強中。七四年に初めて核実験。原爆型と水爆型の双方を保有し「最小限抑止」を目指すと説明。核搭載用の短距離ミサイル、中距離ミサイルの開発も進めている。

 ●パキスタン 三十―五十の核弾頭を保有。九八年に核実験。濃縮ウランを量産し、プルトニウム型核爆弾の製造も始めたとみられる。核科学者と国際テロ組織とのつながりも懸念されている。中国、北朝鮮の支援で、核搭載用中距離、短距離ミサイルも開発。

 ●イスラエル 六〇年代に核戦力を保有、約二百の核弾頭を保有しているとみられる。

非保有国

北朝鮮製造 CIA推定 イラン核施設にも疑惑

 ●北朝鮮 米国は北朝鮮が使用済み核燃料から核兵器二個分のプルトニウムを抽出したとみており、米中央情報局(CIA)は一、二個の核爆弾を既に製造したと推定。原子炉、再処理施設などがフル稼働すれば、年間、五十五個分の核兵器用プルトニウムを入手できる。ウラン濃縮施設、NPT脱退、核兵器保有、再処理開始などを最近続けざまに認めたが実態は不明だ。

 ●イラン 軽水炉、ウラン濃縮施設、重水製造施設が核開発関連と疑われている。今後十年間でさらに五基の原子炉を建設する計画で、核兵器開発の隠れみのとの疑念が高まっている。

NPT体制 崩壊の恐れ

CTBTも死文化寸前

 世界の核状況が危機にひんしている。軍事問題の権威、ストックホルム国際平和研究所は「核不拡散体制が崩壊する兆候がある」とかつてない危機感を表明している。第五福竜丸の被曝を契機に反対運動が巻き起こり、一九九〇年代から停止されている核実験も、米国は再開を視野に入れている。軍縮逆行の動きが世界のあちこちで始まった。

 世界の核管理体制の枠組みをつくる核拡散防止条約(NPT)に真正面から挑戦するのが北朝鮮。二〇〇三年一月にはNPT脱退を表明、その後「核保有」も宣言した。

 湾岸戦争で核兵器開発が発覚したイラク、秘密の核施設が暴露されたイランなど、NPTが定める「やってはならない」行為が次々と判明。米中枢同時テロを起こしたテロ組織アルカイダが核の入手を目指したことも明らかになった。

 米国もNPTに背を向けだした。米政府高官は「NPTは役立たない」と明言し、イラクをテストケースに先制攻撃による核開発の物理的阻止を始めた。

 米国は核関連物質の輸出入を臨検などで止める拡散防止イニシアチブも日本などと開始し、NPTに頼らない姿勢を鮮明にしている。一連の政策は、NPTの執行機関である国際原子力機関(IAEA)の査察が強制力を伴っていない点にしびれを切らしたためだ。

 だがイラク戦争は反米ゲリラ攻撃に火をつけ、先制攻撃は解決策にならないことも証明されつつある。

 核軍縮を進めるうえで重要な包括的核実験禁止条約(CTBT)も死文化寸前だ。米国が「核実験は必要」と批准を拒否。小型貫通核の研究予算をつけたため、CTBTの魂である「核の新規開発はしない」との原則がほごになった。米国は既に核実験再開の検討も始めている。

 米国は湾岸戦争やイラク戦争で核兵器の使用を検討、劣化ウラン弾を使い、放射線障害の発生も確認されている。

 カーター元米大統領は一昨年、ノーベル平和賞の受賞演説で、核保有国は長い間常識だった「五大国」ではなく、インド、パキスタン、イスラエルを加えた「八カ国」になったと述べた。その数が九、十と増える懸念が確実に強まっている。

ビキニ被災と核兵器をめぐる世界の動き

1945・8・6  米国が広島に原爆投下。9日には長崎に
  46・7・1  米国がビキニ環礁で第1回の核実験
  47・4・2  国連安保理が、マーシャル諸島などでの米国の施政権と軍事利用
          を認める信託統治協定を承認
  49・8・29 ソ連がカザフスタンのセミパラチンスクで初の原爆実験
  54・3・1  米国がビキニ環礁で水爆実験「ブラボー」
     5・9  東京都杉並区で「水爆禁止署名運動杉並協議会」発足
     9・23 第五福竜丸の無線長久保山愛吉さんが40歳で死亡
  55・1・4  米国がビキニ被災見舞金200万ドルを日本政府に拠出。後に乗           組員たちへ支払われ、日米間の補償は決着
     7・9  核戦争の危険性を警告する「ラッセル・アインシュタイン宣言」
     8・6  広島市で第1回原水爆禁止世界大会
  56・8・10 日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)発足
  57・2    米原子力委員会などが、ロンゲラップ環礁南部の島の「安全宣
          言」を発表。その後、島民らが帰島
  60・2・13 フランスがアルジェリアで初の原爆実験
  63・8・5  広島市での原水爆禁止世界大会で社会党、総評系がボイコットし
          分裂大会に
  64・10・16 中国が西部地区で初の原爆実験
     12・11 佐藤栄作首相が「非核三原則」表明
  70・3・5   核拡散防止条約(NPT)発効
  74・5・18  インドが初の原爆実験
  76・6・10  東京・夢の島に都立第五福竜丸展示館開館
  77・8・3   14年ぶりの統一大会として広島市で原水禁世界大会の国際会議
           始まる
  82・5・30  米国とマーシャル諸島が、核実験被災住民への補償も含む「自由
           連合協定」に調印
  85・5・22  残留放射能被害から逃れるためロンゲラップ島民325人が無人
           島メジャトへ移住
  86・8・4   原水爆禁止大会が9年ぶりに分裂大会に
  86・10    マーシャル諸島が共和国として独立
  96・9・10  国連総会で包括的核実験禁止条約(CTBT)採択
    12・2   和歌山県沖に沈んでいた第五福竜丸のエンジン引き揚げ
  98・5・11  インドが核実験
     5・28  パキスタンが初の核実験
  99・10・13 米上院がCTBTの批准を否決
2000・4・14  東京の第五福竜丸展示館近くに「マグロ塚」設置
     5・20  NPT再検討会議が核兵器廃絶を明確に約束する最終文書を採択
  01・9・11  米中枢同時テロ
    10・7   米軍などがアフガニスタンへの空爆開始
  02・1・9   米国防総省が新型兵器の開発加速などを盛り込んだ「核体制の見
           直し」発表
  03・1・10  北朝鮮がNPT脱退を表明
     3・20 イラク戦争始まる
    11・24 小型核兵器の研究開発に道を開く米国の国防予算案が成立

(2004年1月1日朝刊掲載)

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