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連載・特集

ビキニ被災50年 頼みの補償 財源底つく

 中部太平洋マーシャル諸島ビキニ、エニウェトクの両環礁で、米国は一九四六年から五八年にかけ、計六十七回の核実験を繰り返した。その一つ「ブラボー」で、日本のマグロ漁船第五福竜丸が「死の灰」を浴びてから三月一日で五十年。現地では、被曝(ばく)したり移住を強いられたりした島民たちに、米国は、一定の補償に応じてきた。しかし、多くが古里に帰れないまま、財源は尽きようとしている。補償の仕組みと現状を紹介する。(森田裕美)

仕組みと現状

4環礁の島民対象

基金配分や医療給付…

米、追加策応じず

 米国の国連信託統治領だったマーシャル諸島は一九八六年、独立を果たした。この時に両国が交わした「自由連合協定」に基づき、米国は核実験被害を補償した。

 マーシャル諸島での計六十七回の核実験は、ビキニ、エニウェトク両環礁で実施された。米国はさらに、ロンゲラップ、ウトリック両環礁を放射性降下物などの被害があったと認定。計四環礁を補償の対象とした。

 米国が拠出した一億五千万ドル(現在のレートで約百六十億円)を原資にマーシャル政府は「核実験被害補償基金」を設立した。当時、運用利息などで年一千八百万ドル、十五年間で計二億七千万ドルの収益があるとし、島民への医療給付や補償金分配は、半永久的に続行可能と見積もられていた。

 これにより、核実験補償は決着とされた。協定は、被害者の個別の賠償請求訴訟は認められない―とも規定している。

人体と財産両面

 しかし、収支ともに見通しは狂い、基金は元本を取り崩しながら運用されてきたのが実情だ。二〇〇三年末の残高は、当初額の4%、五百七十九万ドルにまで減少した。

 医療給付は、協定の177条に基づくことから「177健康管理事業」と呼ばれる。米国が核実験被害を認定した四環礁の島民たちを対象に、首都マジュロにある「177クリニック」が無料診療する。島民たちの移住先での巡回診療もある。手術などのため渡米する場合は、渡航費や入院費なども給付する。

 補償金は審査機関「核実験被害補償法廷(NCT)」が裁定し、分配される。人体と財産の両面の補償がある。

 人体に関しNCTは、米国が被害を認めた四環礁にとどまらず、核実験期間中にマーシャル諸島に在住していた島民を対象としている。白血病や甲状腺がんなど三十五の疾病が認められれば、疾病の種類に応じて一万二千五百―十二万五千ドルが分割支給される。財産補償は、四環礁での所有地が対象となる。

 基金は、四環礁の各自治体政府にも配分されている。

 基金の財政難を受け、マーシャル政府は昨年末、177健康管理事業の打ち切りを発表した。四環礁から選出された国会議員たちが働きかけ、当面は今年九月末まで継続が決まったものの、その後の取り扱いは未定。NCTの裁定額は財源を大きく上回っているのが実情で、将来にわたる補償金の分割支給継続は困難視されている。

働きかけ続ける

 こうした状況を受け、マーシャル政府は二〇〇〇年、協定にある「状況変化に対応する」との条項を根拠に、米国に追加補償を求めた。各自治体の首長たちも、米政府や連邦議会への働きかけを続けている。

 このほか、基金外の補償として、すでに島民が帰島したエニウェトク、ウトリック両環礁と、ビキニ、ロンゲラップ環礁の元島民が暮らすキリ、メジャトなどの離島に対し、三カ月に一回、缶詰や米、小麦などの食糧配給がある。

 また、ロンゲラップ環礁は、米国と直接交渉して九六年、四千五百万ドルの資金を確保。島民が帰島し、再定住するための放射能汚染除去作業や土地整備などを九八年から始めている。

首都の「177クリニック」

無料診療 存続の岐路

担当医師 精神面のケア訴え

 首都マジュロの国立マジュロ病院敷地内に「177クリニック」がある。平屋の建物を訪ねると、ニュージーランド出身の医師ロビン・マッキンタイヤーさん(44)が、ヒバクシャの診療に追われていた。

 ビキニやエニウェトクなど四環礁のヒバクシャとその子孫たちに、「177カード」が発行され、無料で診察を受けることができる。登録数は二〇〇三年八月現在、一万六千九百十九人という。実際の利用者は、赤ちゃんから九十歳近いお年寄りまで約七千人。

 医師は、このクリニックの二人のほか、ロンゲラップ島民が暮らすメジャト、ビキニ島民が暮らすキリなど四つの離島に一人ずついる。

 「離島は特に、深刻なんです」。マッキンタイヤーさんはそう言って、ひざの関節を痛めた患者の写真を示した。

 小島への移住を強いられた島民は、缶詰などの食糧援助と補償金に頼る生活を続ける。「働く場所もなく、動かない。食べるのはインスタント食品ばかり。それで太ってさらにひざに負担がかかる」。核実験が生んだ悪循環だ。糖尿病なども増え続けているという。

 「患者たちに共通する最大の問題は、何か身体に異変があるたび、放射線のせいではないかと恐れ続けていること。精神面のケアを進めていく必要がある」とマッキンタイヤーさん。しかし、米国からの追加補償がない現在、クリニックが存続できるかどうかの岐路に立たされている。

核実験被害補償法廷(NCT)裁定人

ビル・グレアムさん(57)に聞く

金だけでは解決にならぬ
br> 被害は諸島全体に広がる
br>  ―NCTが確認した核実験被害者は何人ですか。
 私たちは、疾病の有無を判断している。実験期間中にマーシャル諸島に在住した人で、白血病やがんなどの病気にかかった場合、疾病ごとに定められた補償金を分割して小切手で支払う。昨年末までに、千八百六十五人を裁定した。補償金の総額は約八千三百万ドルとなる。うち約八百四十人は、全額を受け取らないまますでに死亡している。

 ―米国は、四つの環礁に限って核被害を認めています。
 NCTの裁定は、マーシャル諸島全体が対象だ。米国がここで実施した六十七回の核実験の威力は、総計で百八メガトン。これは米国がネバダ実験場で実施した百回以上の(大気圏)核実験の総威力の九十倍以上にもなる。そのネバダで放射性降下物が到達するとされているエリアをマーシャル諸島に置き換えると、ほとんどの環礁がすっぽりと重なる。被害はマーシャル全体に広がっていると考えている。

 ―しかし、財源不足は深刻ですね。補償金が行き渡らないのでは。
 利率が伸びないうえ、補償金などの支出が利息などの収入を上回る。そこで実際には、元金を崩して支払うことになる。当初の一九八六年に一億五千万ドルあった基金は、二〇〇一年に四千六百万ドルになり、〇三年末にはたった五百七十九万ドル。もう、底をつきそうだ。

 NCTが裁定に応じて支払う補償金は、基金の当初額のうち四千五百七十五万ドル分でまかなう計画だった。しかし、これも支出が財源を上回る赤字が続く。分割支給だから、疾病が認定された人の65%は、まだ補償金の四分の一も受け取っていないのが実情だ。

 ―「177健康管理事業」の打ち切りも決まりました。
 プログラム継続には、さらなる追加補償が必要。しかし、米国は認めてくれない。一九八六年の自由連合協定で「すべて解決済み」との考え方だ。健康管理事業はマーシャル政府の補てんで今年九月までは続けられそう。しかし、今のままでは、NCTの存在も危うくなる。

 ―つらい状況ですね。
 この半世紀を思うと、とても悲しい。(いったん帰島して残留放射能を浴びた)ロンゲラップの人たちにとっては、特に恐ろしい出来事だったはずだ。NCTが補償金を支払っても、それで苦しみが癒えるものではない。ロンゲラップ島民もビキニ島民も、いまだに古里に戻れない。金は助けにはなるが、それだけでは何の問題解決にはならない。そう考えると、いたたまれない気持ちになる。

 六九年に米国が月面着陸したとき、マーシャルの人たちは「月へ行くことができるなら、どうして先にマーシャルのクリーンナップ(汚染除去)ができないのか」と言った。その言葉が多くを物語っているように思う。

 <略歴>米国出身。ビキニ環礁での核実験を前に、島民たちが強制移住させられたのが自分の誕生日の前日と知り、「因縁」を感じたという。平和活動をするため34年前、マーシャルへ来て地元女性と結婚し、定住した。1988年からNCTで働いている。

自由連合協定
 マーシャル諸島が米国と1982年に調印。これを基に86年、国連信託統治領からの独立を果たした。自治、外交、米国からの経済援助、安全保障・防衛、移民問題、核実験補償など協定内容は多岐にわたる。結果として、マーシャル諸島の国家財政の6割は、現在も米国からの経済援助に依存している。

 安全保障も全面的に米国に委ねた。マーシャル諸島のほぼ中央部にあるクワジェリン環礁は、クワジェリン本島など数カ所が米軍基地として使用されている。米カリフォルニア州から打ち上げられた大陸間弾道ミサイルの迎撃実験基地として知られる。ブッシュ米政権のミサイル防衛構想の要である。

 協定は2001年に期限切れを迎えた後、自動延長期間を経て、03年に「改訂自由連合協定」が結ばれた。核実験被害への補償について、米国側はすでに解決済みとし、マーシャル側が求める追加補償は改訂協定に盛り込まれていない。

(2004年2月12日朝刊掲載)

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