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社説・コラム

社説 米の臨界前核実験 抑止論なぜ抜け出さぬ

 米国が昨年6月と9月に、核爆発を伴わない臨界前核実験を実施していた。バイデン大統領になってからは初めてで、1年に2回行うのはオバマ政権下の2010年以来という。

 国際情勢の急転を言い訳に、自国の核戦力を強化したいのだろう。しかし、世界に安定をもたらすどころか、対立する国との軍拡競争をあおってしまうのではないか。到底許されない。

 臨界前核実験は、少量のプルトニウムに爆薬で衝撃を与え、核分裂反応が続く「臨界」に達しない状態で行う。核弾頭の性能向上や安全性評価のためのデータを得るためだ。

 今回は3回続きの実験の2、3回目。初回は、トランプ前政権が任期切れ間近の20年11月に行っていた。ロシアの持つ「小型核」に対抗しようとして開発中の新型空中発射長距離巡航ミサイルや、大陸間弾道ミサイル(ICBM)に搭載する核弾頭の近代化が狙いのようだ。

 「核なき世界」を唱えてノーベル平和賞を受賞したオバマ氏の政権で、副大統領を務めたバイデン氏。大統領選に立候補した2年前には、核兵器の役割を限定すべきだとの考えを外交専門誌に寄稿するなど、オバマ路線を引き継いでいた。

 ところが、2080年代以降も核戦力を維持するというトランプ前政権からの長期計画を大きく変えていないようだ。

 これでは、被爆者をはじめ核兵器廃絶を求める人々への裏切りだ。反発の声が上がるのも当然である。広島市長もきのう、バイデン氏に抗議文を送った。

 確かに国際情勢は悪化している。ロシアは隣国ウクライナに侵攻した。他国の領土や主権の侵害は明らかな国際法違反だ。さらにプーチン大統領は核兵器の使用もちらつかせた。「核のボタン」を持つ人が、理性や人類全体の視点を踏まえて判断できないとすれば、背筋も凍る。

 そんなロシアに寄り添う姿勢を保っているのが中国だ。近年の海洋進出や軍備増強は目に余る。自分勝手な振る舞いは北朝鮮も、引けを取らない。4年前に自ら凍結を決めたのにICBM発射実験を再開させた。あろうことか、核実験まで再開させる動きを見せている。

 そんな危機に乗じた動きが日本でも現れている。例えば、ロシアや中国に対抗するため、米軍の核兵器を共同運用する「核共有」が必要だ―といった意見である。きっぱり否定した岸田政権の判断は的確だった。

 自国を守るためとして、各国が核兵器を持つようになれば、世界は今より安全になるのだろうか。相手を上回る力を持とうとして、果てしない軍拡競争に陥ってしまうだけだ。

 ましてや核兵器は存在する限り、偶発的事故や人為ミスによる誤発射などの恐れがなくなることはない。テロリストに奪われるリスクもつきまとう。

 核抑止論で得られるのは、自国の力が相手国と同等か上回っているわずかな間の平和や安定にすぎない。幻と言えよう。

 ちょっとしたことで崩れかねない危うい綱渡りを人類に強いているのが核抑止論だ。一刻も早く抜け出して、核軍縮を進めるのが筋である。大国間の信頼が損なわれた今、険しい道かもしれない。それでも、人類の自滅を防ぐには、核兵器廃絶を目指すしかないのだ。

(2022年4月14日朝刊掲載)

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