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社説・コラム

天風録 『ウクライナのハチ公』

 13年前、ある映画の最中に「ヒイッ」と大声で泣き伏す外国人らしき女性に驚いた。リチャード・ギア主演の米映画「HACHI 約束の犬」。亡くなった飼い主の姿を求め、秋田犬が震えつつ歩く。確かそんな場面だったか。さぞ琴線に触れたのだろう▲けなげに主人を待ち続ける忠犬―。言わずと知れたハチ公の物語のリメーク版を通じて、秋田犬の忠誠心は世界中に伝わったらしい。とりわけ富裕層が力を増しつつあった大国ロシアに▲映画公開から3年後、かのプーチン大統領に秋田犬「ゆめ」が本場の知事から贈られる。東日本大震災への支援の礼として。立派な主人に恵まれて幸せ、と多くの愛犬家も喜んだはずだ▲ゆめが忠誠を尽くしてきた飼い主の暴挙で、新たなハチ公が生まれるとは。ウクライナの首都近郊マカリウでロシア兵に虐殺された女性の家を離れず、1カ月待ち続ける秋田犬の姿が地元メディアで伝えられた。幸い引き取り手が見つかったらしい▲涙するどころか大声を上げ非難すべき話だ。黒海旗艦の沈没など戦局を占う情報に目が行くが、ウクライナを忠犬化したいロシアの蛮行でささやかな幸せが日々、奪われているのを絶対に忘れまい。

(2022年4月17日朝刊掲載)

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