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劣化ウラン弾 拡散する”通常兵器” 危険知りつつ…兵士の防護策とらず 核廃棄物利用 高比重で戦車も貫く

 湾岸戦争で、自軍が使った「劣化ウラン弾」という放射能兵器によって発病する米国の退役軍人。放射能などの危険性について「何も教えられていない」という点は、一九四〇年代後半から六〇年代にかけ、大気圏核実験に参加してがんなどに襲われた多くの被曝(ばく)米兵と同じであった。通常兵器として扱われ、武器輸出によって世界に拡散する劣化ウラン弾とは、どのような兵器なのか。なぜ膨大な数の米軍兵士が被曝したのか。劣化ウラン弾の特性や影響力を、湾岸戦争時の写真を交えて紹介しつつ、その背景を探る。(田城明)

劣化ウランの特性

 ウラン鉱山から採掘した天然ウランは、濃縮過程の中で、まず核兵器や原子力発電所用の燃料となるウラン235(U235)と、低レベル放射性廃棄物となるウラン238(U238)に分離される。高レベル放射性同位元素のU235は、全体の一%にも満たず、残りはほとんどがU238である。

 大量に生み出される強い毒性を持つこの金属物質を「劣化ウラン」と呼ぶ。劣化ウランは、主要にはアルファ線を放出し、半減期は地球の歴史にも匹敵する四十五億年である。

 劣化ウランの蓄積は、米国では原爆製造の「マンハッタン計画」が始まった一九四〇年代前半から今日まで続いている。これまでの蓄積量は七十万トン以上。ケンタッキー州パデューカにあるウラン濃縮用核施設など三カ所で、金属容器に収められて戸外に積まれている。

 劣化ウランは鉄の約二・五倍、鉛の約一・七倍比重が重い。このため砲弾の弾芯(しん)に利用すると強い運動エネルギーが得られ、頑丈な戦車でも貫通する。しかも、貫通時の衝撃で高熱を発して燃焼し、戦車内の兵士をも殺してしまう。加工も容易で、大量にある原料は「廃棄物利用」のため、管理責任を負うエネルギー省(DOE)から製造企業へただで支給される。

 米軍部は、劣化ウランのこうした特性に目を付け、東西冷戦下の一九六〇年代にロスアラモス国立研究所(ニューメキシコ州)などと協力。旧ソ連の対戦車用兵器として、劣化ウラン弾の研究に乗り出した。幾つかの試射実験も全米各地で繰り返された。

 湾岸戦争で初めて劣化ウラン弾を使用した米軍は、戦車から一二〇ミリ砲や一〇五ミリ砲を発射。戦闘機からは、三〇ミリ砲と二五ミリ砲で空爆した。英国軍は戦車からのみの使用である。「砂漠の砂嵐(あらし)作戦」(九一年二月二十四日―二十八日)期間中に、少なくとも戦車から一万個、戦闘機から九十四万個の劣化ウラン弾が発射された。

 一二〇ミリ砲の場合、劣化ウラン貫通体の重さは約四千七百グラム、三〇ミリ砲だと約三百グラム。衝撃による燃焼で、このうち七〇%―二〇%が酸化ウランの微粒子となって大気中に飛散する。

 いったん酸化ウランの微粒子を体内に取り込むと肺などにたまり、放射線や強い化学毒性による影響で、がんなど健康障害を引き起こすと言われている。

 米原子力規制委員会(NRC)は、U238の一日の体内摂取限度量を、一般人〇・一九ミリグラム、原子力施設関連従業員二ミリグラムと定めている。

劣化ウラン弾の影響

 湾岸戦争に参加した米軍兵士六十九万六千人のうち、劣化ウラン弾による汚染地帯に身を置いた兵士は、四十三万六千人とされている。

 米軍の武器使用・解体などに伴う環境や人体への影響を調べている民間の「軍事毒性プロジェクト」のダン・フェーヒーさん(31)=写真・ワシントンDC在住=は、情報公開法で入手した資料を基に、一九九八年三月に「約四十万人の兵士が劣化ウランにさらされた可能性がある」と公表した。

 米国防総省は「人数に全く根拠がない」と、フェーヒーさんを厳しく批判。しかし、退役軍人やその家族らでつくる「全米湾岸戦争リソース・センター(NGWRC)」(本部・ワシントンDC)などの圧力により、八カ月後に劣化ウラン弾の使用地域の地図を公表。四十三万六千人の地上軍兵士がクウェート、イラクの劣化ウラン弾使用地帯に入ったことを認めた。

 劣化ウランの危険性については、湾岸戦争以前から指摘されていた。例えば、劣化ウランの医学、環境評価をした七四年の軍の報告書。それには「戦闘状況下で劣化ウラン弾を広範に使用した場合、その周辺では劣化ウラン混合物の体内への吸入、摂取、着床が著しい可能性がある」と記す。

 軍と契約関係にある化学応用国際社が九〇年七月に出した報告書にも、その危険性が明確に述べられている。劣化ウランを「低レベルのアルファ放射線放出物質」とした上で「体内被曝の時はがんと関連し、化学的毒性は腎臓(じんぞう)損傷の原因となる」と記述。「兵士が戦場で煙霧状の劣化ウランにさらされると、物質が持つ放射線や化学的毒性の潜在的な影響を強く受ける恐れがある」と警告する。

 このように劣化ウランの危険性については事前に分かっていながら、国防総省は兵士たちに予防教育もしなければ、防護措置も取らなかった。

 九三年、会計検査院(GAO)がまとめた報告書では「陸軍は劣化ウランによる適切な汚染対策を講じなかった」と指摘。その理由として、健康を失った当事者には受け入れ難い軍の弁明を紹介している。「戦闘中やその他の生命を脅かされる状況下では、戦闘による危険の方が、劣化ウランによる健康へのリスクよりはるかに高い。陸軍高官はこのため、防護対策は無視できると信じていた」と。  この結果、二十、三十代の多くの若い兵士が戦争終結後に発症し、命を失った。

その他の影響

 湾岸戦争では、劣化ウラン弾による健康障害だけでなく、米食品医薬品局(FDA)で認可されていない薬の投与や、油田火災による煙害、停戦後にイラクの化学兵器貯蔵庫を爆破、その際に放出された毒性物質による影響など、さまざまな健康障害の要因が考えられている。

 兵士たちが軍の命令で強制的に服用しなければならなかった薬品には、抗化学兵器剤の臭化ピリドスチグミン(PB)、生物兵器であるボツリヌス菌に対するワクチン、炭疽(そ)病予防薬であるアントラックスなどがある。NGWRCの調べでは、PBは二十五万人、ボツリヌス・ワクチン八千人、アントラックスは十五万人がそれぞれ服用したとされる。

 湾岸戦争に参加した米軍兵士六十九万六千人は、イラクがクウェートに侵攻した一九九〇年八月二日から、友軍の劣化ウラン弾で破壊された米軍戦車を米国に送り返すなどの作業に従事した兵士らが、最後に帰還した九一年七月三十一日までの人数である。このうち、九九年七月までに五十七万九千人が除隊、十一万七千人が今も軍に所属している。

≪湾岸戦争とは≫

 1990年8月2日、イラクが隣国クウェートに侵攻、全土を制圧したことが導火線となる。

 イラクのサダム・フセイン政権は、世界でも有数の産油国であるクウェートを自国領と主張。これに対し、米国を中心とした西側諸国は、フセイン政権の狙いが石油の利権確保、アラブ諸国の盟主としての地位確立にあるとして、猛烈に反発した。米ブッシュ政権は旧ソ連や中国を説得し、国連の名において米軍を先頭にした28カ国からなる多国籍軍を形成。91年1月17日の空爆を契機に、湾岸戦争に突入した。

 多国籍軍は2月24日に地上戦に突入、圧倒的戦力で26日にはクウェートを解放。28日に戦闘は終結した。3月3日、イラクが国連安保理による停戦決議を受諾し、停戦協定が締結された。協定には、核兵器の保有・開発・研究を禁止し、国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れることなどが含まれている。

(2000年4月3日朝刊掲載)

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