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社説・コラム

社説 自民党の安全保障提言 危機に便乗 許されない

 政府が年末に予定する外交・安全保障政策の長期指針「国家安全保障戦略」など三つの文書の改定に向けた提言をきのう、自民党が決定した。防衛政策の大転換につながる内容で、看過できない。

 敵国のミサイル発射前に発射基地などをたたく「敵基地攻撃能力」について、名称を「反撃能力」と変えた上で保有するよう求めるのが柱だ。防衛費の大幅増強や武器輸出の制限緩和も盛り込んでいる。ウクライナ危機に乗じて、一足飛びに防衛力の強化と変容を図ろうとする意図が見える。

 憲法9条に基づいて戦後の日本が堅持してきた「専守防衛」を逸脱するのではないか。政府内だけでなく、国会でも徹底的な議論が必要だ。

 中国の軍備拡張や北朝鮮の弾道ミサイル発射に、ロシアの侵攻が加わり、日本を取り巻く環境は激変している。安保戦略を見直していくことは重要だ。だが提言は外交の視点が抜け落ち、軍事に傾き過ぎている。

 その第一は、敵基地攻撃能力の保有である。

 専守防衛は攻撃に対して必要最小限の自衛力を行使し、装備も最小限にとどめるという原則だ。日米安保条約に基づき「矛」を米軍に委ね、自衛隊は「盾」に徹する。

 そもそも他国を攻撃するための兵器が必要最小限と言えるのか。反撃の名称を使うのは、国際法が禁じる先制攻撃ではないと強調したいのだろう。実態は同じで、姑息(こそく)なやり方と言わざるを得ない。どの時点で、どんな武器を使うかも不明確だ。相手の攻撃着手の見極めは難しく、判断を誤れば逆に先制攻撃と見なされる可能性がある。

 しかも、攻撃対象に「指揮統制機能」を加えることも求めている。軍司令部はおろか国家の中枢まで標的にされると受け取られても仕方あるまい。相手国が警戒を強め、かえって地域の不安定化を招きかねない。

 第二は、国内総生産(GDP)の1%程度で推移してきた防衛費の大幅増額である。

 想定する水準は、北大西洋条約機構(NATO)加盟国が目標とするGDP比2%以上だが、根拠は乏しい。2%なら年間11兆円。米国と中国に次ぐ世界3位の規模となる。5年以内の実現を図るとするが、現実的な目標と思えない。増額をふっかけるため、とさえ感じる。

 専守防衛が求める必要最小限度の自衛力も「国際情勢や科学技術等の諸条件」を考慮して決められるとした。最小限の「たが」を外す狙いではないか。

 第三は「防衛装備移転三原則」の運用指針見直しによる武器輸出の制限緩和である。防衛産業の育成が狙いで、侵攻を受けた国に広く軍事的な支援ができる制度の検討も明記された。

 運用指針は政府判断で改定できる。ウクライナ支援では防弾チョッキなどの提供を決めた。大幅緩和に踏み切れば、提供する装備の範囲や相手国がなし崩し的に広がる恐れがある。

 提言はきょうにも岸田文雄首相に提出される。財政を含めた課題を精査した形跡が乏しく、夏に参院選を控え、保守層を意識したのは間違いない。

 国民的な議論を欠いては禍根を残す。平和国家として、外交努力を重視した総合的な安保戦略の構築が求められる。

(2022年4月27日朝刊掲載)

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