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社説・コラム

天風録 『疑心暗鬼の独裁者』

 「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」をうたった安倍晋三元首相がなぜか入れ込んで、20回以上も膝を交えた相手がいる。ロシアのプーチン大統領である。そのたび、事務方(じむかた)は手土産に知恵を絞ったようだ▲5年前の首脳会談では、柔道家の大統領も憧れる「柔道の父」嘉納治五郎(かのうじごろう)の直筆を贈った。額入りの書は〈精力善用〉。柔らの道で鍛えた体と心は、世の中に役立てるもので、威圧などまかりならん―との教えだろう。額はどこにしまい込んだのか▲ウクライナ侵略をやめぬプーチン氏が、またもや核兵器の使用をちらつかせた。議会関係者を前に、恥知らずにも「自慢するだけではない。必要なら使う」と▲ロシアの弱体化を大っぴらに言い立て出した米欧に、くぎを刺したいらしい。とはいえ、人道に背く核兵器を自慢の種にするとは、とても正気の沙汰ではない。何かの兆しなのだろうか▲おとといからNHK広島放送局が、ウェブ上にロシア語の字幕付きで動画「被爆者たちの声」を流している。「戦争という言葉がなくなってほしい」「原爆が、とにかく一番いけんのよ。他にゃあないよ」…。内外のロシア人に聴いてほしい。願わくば、疑心暗鬼の独裁者閣下にも。

(2022年4月30日朝刊掲載)

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