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連載・特集

憲法と核兵器 <下> 元内閣法制局長官 阪田雅裕さん

現行下 自衛でも持てず

9条の「死文化」危惧

 国会議事堂を遠くに望む高層ビルの法律事務所。政府の「法の番人」を務めた老弁護士は、最近の国会論議を踏まえ、こう説いた。「核兵器は、憲法9条の下では持てない。専守防衛の理念とは距離がある」

 元内閣法制局長官の阪田雅裕さん(78)。気に掛けるのは、日本の領土内に米国の核兵器を置き、共同運用する「核共有」政策を巡る議論だ。岸田文雄首相(広島1区)は非核三原則の堅持を訴え、政府として検討することを否定。ただし、核兵器の保有は「必ずしも憲法が禁止するところではない」と、従来の政府見解を踏襲した。

 「必要最小限の自衛力を保持するのは憲法9条第2項によっても禁止されていない」と言い添えた首相。阪田さんは「相手国に壊滅的な打撃を与える核兵器は持てない。それでも持ちたいなら憲法を改正しなければならない」と言い切る。

 戦時中の1943年、和歌山市で生まれ、戦後の焼け野原を見て育った。幼心に平和を願う気持ちが培われていく。47年、日本国憲法が施行。「憲法が支えになり、日本は70年以上、戦争をせずに歩んだ。核兵器保有の壁にもなった」と振り返る。

 東京大を卒業後、大蔵省(現財務省)入り。81年に内閣法制局、86年に再び大蔵省とキャリアを重ねる。大蔵官僚の大先輩で首相も務めたハト派の論客、宮沢喜一氏からは「戦争だけはしちゃいかん」と言い含められたのを覚えている。

 92年に移った2度目の内閣法制局は「9条を巡る風景がものすごく変わった」。この年、国連平和維持活動(PKO)協力法が成立し自衛隊の海外派遣に道が開かれる。「自衛隊は違憲だ」と訴えるリベラル系議員より、「集団的自衛権が使えないのはおかしい」と主張する保守系議員の声が大きくなったと感じた。

 内閣法制局長官に就いたのは2004年。憲法のたがが緩みそうになるたびに、引き締めにかかった。06年に官房長官だった安倍晋三氏(山口4区)とは官邸で2度向き合った。

 次の首相の座を確実にしていた安倍氏は集団的自衛権の行使容認に意欲的だった。阪田さんは、集団的自衛権を含む海外での武力行使は認められないとする歴代政府の見解を約1時間かけて説明。その年、退官した。

 その8年後。安倍内閣は集団的自衛権の行使を認める憲法9条の解釈見直しを閣議決定する。「理解していただけたと思ったが…」と阪田さん。翌15年、閣議決定を受けた安全保障関連法案の国会審議で参考人質疑に呼ばれた。「従来の政府見解を明らかに逸脱している」と厳しく批判した。

 戦後、自身と同じ時代を生き抜いた憲法は75歳。「なし崩しの議論で9条が死文化する」と危機感を抱く。自民党は反撃能力の保有や防衛費の大幅な増額を盛り込んだ安全保障政策を岸田首相に提言した。

 阪田さんは言う。「核兵器を持てるという議論になることを恐れる。今の憲法が続く限り、防衛力を他国に脅威を与えない最小限度にとどめなければ」。次代への警鐘である。(山本庸平、境信重)

(2022年5月2日朝刊掲載)

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