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社説・コラム

社説 緊急事態条項 憲法の改正まで必要か

 日本国憲法が施行されて、きょうで75年となった。国民主権や基本的人権の尊重、平和主義といった憲法の精神は、私たちの暮らしの礎となっている。

 本紙にきのう載った世論調査によると、日本が戦後、海外で武力行使しなかったのは「9条があったからこそだ」との回答が76%に上った。平和主義の果実を実感している証しだろう。

 法の下の平等や、個人の自由と権利なども以前の帝国憲法では考えられないほど拡充され、私たちは日々享受している。

 ところが、そうした土台を覆しかねない動きが進んでいる。緊急事態条項の新設を突破口に、憲法改正への道を開く構えを与党自民党が本格化させていることだ。権力が暴走した戦前のような社会に逆戻りする恐れがあり、看過できない。

 11年前の東日本大震災と東京電力福島第1原発事故や、近年の新型コロナウイルスの感染拡大、そしてロシアによるウクライナ侵攻…。非常時に政府や国会が機能するのか、不安を感じる人も少なくあるまい。

 とはいえ、危機的状況に便乗した改憲論議は避けるべきだ。危機感をあおって拙速に議論を進めれば、私たちの暮らしに根付いた憲法の普遍的な精神や理念を踏みにじってしまう。

 憲法論議を巡る国会の環境は、昨年秋の衆院選を機に激変した。改正に前向きな日本維新の会と国民民主党が議席を増やし、慎重な立憲民主党と共産党が議席を減らしたためだ。

 維新や国民民主の後押しを受ける格好で、自民党が国会での改憲論議を加速している。例えば衆院の憲法審査会。実質審議は近年の通常国会では多くても3回程度だったが、今年は早くも10回を超すハイペースだ。

 自民党は、緊急事態条項の中でも国会議員の任期延長を可能にする改正を「最優先」と位置付けている。国民の抵抗感が少なく、幅広い議員の理解が得られると考えているのだろう。

 ただ、憲法54条には、衆院解散時などにその機能を代替する参院の緊急集会が規定されている。また今の憲法制定時に、当時の政府は、緊急事態条項は不要だとの考えを示していた。非常時を口実に民主政治が破壊される恐れがないとはいえないことを理由の一つに挙げていた。

 もし今、任期延長の規定を設けるとしても、憲法改正まで必要なのか。国会法や公選法の改正で対応できるのではないか。

 任期延長の先には、さらに危うい動きが控えている。緊急時の人権制限に加え、法律と同様の効力を持つ緊急政令を内閣が制定できる権限を憲法に盛り込もうとしていることだ。

 政府への権限集中や権力乱用を招き、深刻な人権侵害をも引き起こしかねない。そもそも憲法は国民の自由や権利を守るため、政府に縛りをかけるのが役割だ。そうした立憲主義の「たが」を外すことは許されない。

 人権制限の規定は既に、有事法制や災害対策基本法に盛り込まれている。なぜ、どんな場合に、さらなる制限が必要か。十分な国民の理解が求められる。

 世論調査では、改憲の機運が「高まっていない」が70%に達した。改憲の必要性や緊急性を国民はさほど感じていないようだ。将来に禍根を残さぬよう、国会は憲法の役割や課題を冷静に見詰め直さねばならない。

(2022年5月3日朝刊掲載)

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