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社説・コラム

天風録 『金芝河さん』

 50年前、韓国で詩人の一人が獄につながれていた。時の軍事政権で甘い汁を吸う特権階級を皮肉った彼の詩が、反共法でとがめられた。言論弾圧の方便として、当時使われていた悪法である▲ある日、療養中の彼の元に見知らぬ日本人3人が現れる。「ここに、あなたを死刑にするなとの趣旨で世界中から集めた署名があります」。亡き哲学者鶴見俊輔さんの回想に、詩人も不得手な英語で返してきたとある▲「あなた方の運動は、私を助けることはできない。しかし私は、あなた方の運動を助けるため、署名に加わろう」。地獄で仏と、頰がぬれても不思議ではないのに肝が据わっている。きのう本紙国際面に訃報が載った金芝河(キム・ジハ)さんこそ、その人である▲本人の見立て通り、いったん死刑判決を受けたものの、後には減刑される。再審で無罪も手にする。ただ、民主化勢力とは近年、たもとを分かち、消息を伝える報道も途切れがちだった▲半世紀前に金さんの書いた漢字2文字が鶴見さんの手帳に残っていると聞く。〈分断〉。少なからぬ責めを日本も負う南北分断を指したのだろうが、新大統領をきのう迎えた今、韓国社会には男女格差や保革を巡る分断も色濃い。

(2022年5月11日朝刊掲載)

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